ep19 宮野首長穂②

「ごごごゴメンナサイ!!」


「いや、全然大丈夫ですよ」


「本当に、大変失礼しました!!」


「マジで大丈夫ですから」


 顔を赤らめて必死に謝罪する長穂。

 一方でナゴムは、アハハと苦笑いを浮かべながら複雑な心境に陥る。 


(俺、そんなに胡散臭かったのか??営業としては致命的なんじゃ......)


 とはいうものの......。

 長穂の暴走カン違いが晴れてからは、ふたりの会話は盛り上がった。

 出だしこそつまずいた長穂だったが、マジメで一生懸命な彼女にナゴムは好感を持った。

 長穂は人見知りで、決してコミュニケーション能力も高くない。

 しかし、それを補って余りある純朴な魅力を彼女は持っていた。


「そっか〜、長穂さんはホントに本が好きなんですね」


「は、はい。でも山田さんも」


「俺も読書は好きですけど、長穂さんにはかないませんよ」


「わ、わたしの場合は、もはや活字中毒なので」


「最高の書店員さんじゃないですか」

「そ、そんなこと!」


「今度、行ってみようかな〜」

「へ?」


「長穂さんのいる本屋さん」

「!」


「なんなら壺を持っていきますよ」

「や、やめてくださいそのハナシはもう!!」


 そんなこんなで時間も過ぎ......。


 ふたりは店を後にすると、公園沿いの道を駅に向かって歩いていく。

 

「す、すいません、山田さん。急遽、午後から仕事が入ってしまって......」


「いえいえ、全然いいですよ。長穂さんこそ、せっかくお休みだったのに大変ですね」


「その人、前にわたしが体調崩したときに出勤を代わってくれた人なんで。今度はわたしがお返ししないと」


「長穂さんはマジメで偉いですね」


「ぜ、ぜんぜんそんなことないです!わたし、普段から失敗ばかりだし!」


「あの、長穂さん。まだすこし時間大丈夫ですよね?せっかくなんで、公園の中を歩いていきませんか?」


 突然、ナゴムが提案した。


 長穂はわずかばかり驚いた表情を見せ、

「あ、は、はい」

 彼に促されるまま公園に入っていった。


 土曜午後のおだやかな公園。

 天気も良く、風も心地いい。


 ナゴムと連れ立って歩きながら、長穂は考えていた。


(こ、これって、公園デート......。山田さん、本好きだし、壺のことも気にしないでくれているし、良い人だなぁ......)


 そんな時である。


「ああ〜ママ〜ふうせん〜」


 彼らの視線の先にいた幼い娘が、手に持っていた風船をうっかり手放してしまい、風船がフワ〜と上がって木の枝に引っかかった。

 

「ママ〜ふうせん〜とって〜」


 母に助けを求める娘。

 木に引っかかった風船までの高さはおよそ三メートルはあるだろうか。

 どうすることもできず困惑する母。


 そんな母娘たちを何気なく見ていたナゴムと長穂だったが、ふいに長穂が「あっ」と何かを思いついたように口をひらく。


「ちょっと、いってきます」

「?」


 ナゴムは疑問の表情で、小走りで母娘のところへ向かう長穂の背中を見つめる。

 長穂は母娘のもとへ駆け寄ると、

「いま、とりますね」

 と言って、優しく微笑みかけた。


「おねーちゃん?」

「あ、あの?」


 キョトンとする母娘。

 

 次の瞬間である。


「えっ??」


 ナゴムは仰天する。

 なんと、長穂の首が、空に向かってひょろひょろひょろ~と伸びていくではないか!


「はむっ」


 長穂は風船のヒモを口で掴むと、首はシュルシュルシュルと元の長さへ戻っていく。


「はい。ふうせんだよ」


 長穂は風船を手に持ち替えて屈むと、少女に差し出した。


「おねーちゃん、あやかし??」


 屈託なく素直に質問する少女。


「そうだよ」

 長穂も屈託なくニコやかに答えた。


「あ、ありがとうございます!」

 感謝して一礼する母に、長穂は恐縮しつつ会釈してから、ナゴムのもとへ戻っていった。

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