ep17 失言
階のエントランスに出ると、水希がふたりを待ち構えるように立っていた。
「あっ、しおり!」
早速ふたりに気づいた水希が駆け寄ってくる。
「ちょっとどこ行ってたの?だいじょうぶ?」
表情を見るかぎり、水希に何かを疑っている様子はなく、ただ純粋に友人を心配していると思われる。
糸緒莉は、『辛いけど友達を安心させるため無理に浮かべる笑顔』を絶妙に作り上げて答える。
「隣の店のほうのトイレに行ってたの。空いてなくて。でももう大丈夫よ」
「だからさっきの店のトイレにはいなかったのね!全然知らない人が出てきてビックリしちゃったわよ!それでホントにだいじょうぶなの?山田さんに支えてもらってるけど」
「うん。ナゴムくんには迷惑かけちゃったけど、おかげでだいぶよくなったわ」
そう言って糸緒莉はナゴムに目配せする。
(ちょっとナゴムくんもなにか言いなさいよ!)
ナゴムもナゴムで何か言わなきゃとは思っていて、とりあえず場がおさまるようなことを言おうと、
「水希さん、ご心配なく!糸緒莉は俺が責任を持って部屋のベッドまで送り届けます!」
ビシッとたんかを切った。
「はっ??」
女子ふたりが唖然とする。
とはいえまだ糸緒莉には、
(設定上しかたないかな...)
発言の真意を理解しようとする心があったが、水希の顔には、
(コイツ堂々となにぬかしてんだ?)
という気持ちがありありと浮かんでいた。
当のナゴムはというと、なぜかドヤ顔を作っていた。
水希はムッとして眼鏡を光らせると、ふたりの間にズカズカ割って入ってナゴムと糸緒莉を強引に引き離した。
「ミズキ?」
「み、水希さん?」
水希は糸緒莉の肩を抱いて、ナゴムに向かって好戦的な視線を放つ。
「このコは私が送っていきます!ですのでここからは私にお任せください!山田さんはお疲れ様でした!」
理解していないナゴムはポカーンとする。
「あ、あの、水希さん?」
「山田さんはお疲れ様でした!」
有無を言わさない水希。
完全に誤解されているナゴムをフォローしようと糸緒莉が「あの、ちがうの...」と口をひらくも、
「しおりはお酒で正常な判断ができなくなってる!だから私の言うとおりにして!」
聞く耳を持たない。
もはやどうすることもできない事を悟った糸緒莉は、ナゴムに向かって首を振ってみせた。
(なに言ってもダメね。ミズキの言うとおりにしましょ)
ナゴムはわずかに頷いて返すと、不器用な作り笑いを浮かべて、
「じ、じゃあ、俺はお先に失礼します!お疲れ様でした!」
逃げるようにピューッと退散していった。
ナゴムが階段を駆け降りていく音を聞きながら、しばらくふたりは黙って動かない。
たまりかねた糸緒莉が水希に問いかける。
「み、ミズキ?」
「行ったみたいね。あのクソチャラ男......」
「え?」
「しおり!」
「は、はい?」
「今後、山田ナゴムにはくれぐれも気をつけなさい!」
「あの、ミズキ、それはちがうの」
「ダメ!アンタはオトコをわかってない!あーゆう一見イイ人そうに見せてるヤツほど中身が軽薄でオンナを傷つけるのよ!」
「ああ......(完全にナゴムくん誤解されちゃった......)」
ナゴムの失言により招いた結果ではあったものの、糸緒莉の胸には申し訳ない気持ちが波のように打ちよせていた。
(なんだかごめんナゴムくん。誤解は私が解いておくから...)
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