第7話
鉢植えごと花が壊れてからというもの、田村もまた壊れていた。
食欲も睡眠欲も――その他の人間らしい欲が、一切合切田村の肉体から消え失せてしまった。
田村は、力の入らない身体で倒れ伏しながら、茶色の残骸と化した花だったものに触れる。
ただひとつ望むとしたら、またこの花と話せるようになることだった。
夜が明けて、出社の時間になっても田村は動けなかった。最早、この世のあらゆることがどうでもよいとすら感じた。
田村は涙を流す。そして、うわごとのように繰り返した。
「おはようお花さん」
「今日もかわいいねお花さん」
「また四方山に絡まれちゃったよ。慰めてお花さん……」
涙の海に溺れそうになりながら、田村は花に話しかけ続けた。
ただそれだけを日々繰り返した。電話が鳴っている。きっと会社からだが、取る気力は田村にはない。
「もうお昼だねお花さん。お水をあげるよ」
「お花さん、僕前にいつ寝たか覚えてないよ」
「でも幸せだな……こうしてずっとお花さんを見続けてられるの……」
悲しみの底にいた田村だったが、視界から花を失ってしまうとさらに底が抜けた悲しみの最奥に落ちてしまいそうで、怖くてそこから動けなかった。
ジッと、枯れた花を眺め続ける。そうするうちに、耳の奥がざわざわと騒がしくなってきた。
「こんばんはお花さん。寒くない?」
「すこし寒いわ。田村君は?」
「大丈夫だよ。お花さん、肥料を増やしてあげようか?」
「もうお腹いっぱいよ。いつもありがとう田村君」
「どういたしましてお花さん。僕、お花さんの為ならなんだってできるよ」
鼓膜を揺らす何かは明確に声となって田村に届く。
それは懐かしい花の声で、耳を塞いでも田村の頭の中に届く不思議な声だった。
「今日もいい天気だねお花さん」
「そうね、清々しい気分だわ。田村君は?」
「僕はブルーさ。また四方山にケチつけられちゃって」
「どうして四方山さんは田村君に絡むのかしら」
「決まってるさ。僕のことが嫌いなんだ」
「そんなの許せないわ」
「あぁ。許せないね」
「許せないわね……」
「殺しちゃおうか」
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