ep7 エールハウス

 *


「ぼっちゃま?今から外出ですか?」


「ああ」


「どちらに?」


「街だよ。街の中心には繁華街もあるんだろ?」


「し、しかし、お身体は?」


「このとおり元気だよ。さっきがっつりメシも食ってただろ?」


「え、ええ、まあ」


「以前の......記憶を失う前のことはわからないが、今は元気なんだ。だから心配すんな」


「な、なら、私めも...」


「来なくていい。ひとりで行きたいんだ」



 ウソじゃなかった。

 本当に俺=クローは、驚くぐらい元気にピンピンしていた。


 数日前、突然フラついたクローが階段からころげ落ちて頭を打ち、それから一度も目を覚まさず、もはやベットに横たわったまま亡くなるかと思われていたらしいが。

 ついに〔神の呪い〕によって寿命も尽きたと......。


 だが、少なくとも、今の俺は元気だ。


 これは転生によるものなのだろうか。

 普通であれば、たとえ目を覚ましても、こんな状況なら体力が落ちてしまい動くのもシンドくなりそうなものだが、まったくそんなことはない。

 むしろ健康そのものといってもイイぐらいだ。


 もう残された時間も少ない。

 家でゆっくりなどしていられなかった。


「じゃあ、行ってくる」


 ハデすぎないシンプルだが上等な服に着替え、俺は夜の街の繁華街へと馬車を走らせていった。

 馬車の窓から街中を眺めると、現代的ではない、前近代的なあかりに照らされた街なみが目に映った。


 やがて馬車を降りて外に出れば、

「まるでむかしの西洋ヨーロッパにタイムスリップしてきたような......」

 世界が広がっていた。


 俺は異国情緒に胸ふくらませ、〔神の呪い〕のことも忘れてワクワクしながら、小洒落こじゃれ酒場エールハウスまで、使用人に案内させた。


「クローさま。本当におひとりで大丈夫で?」


「なんだお前もパトリスと同じことを言うな?」


「そ、それは......」


「いいから、あとは馬車に戻って待っていてくれればいい」


「は、はい。では、こちらが街一番のエールハウスです」


「おう」


 街一番というだけあり、大きな屋敷のような建物。

 鎧戸やカーテンで窓から中が見えなくなっているが...。 


「たしかにここであれば安全でありましょう。

 評判も良く、貴族の人間がおしのびで訪れることもあるそうです。

 それこそおひとりで足を運ぶ御婦人もいらっしゃると聞きます。

 とはいえ、当然いろんな方がいらっしゃるでしょうから、変なやからを見つけたときはくれぐれもお気をつけください」


 安心できる情報を使用人は与えてくれた。


「元の世界でいうところの...クラブ的な感じなのかな?それともパブ?よう知らんけど」


「は?」


「いや、なんでもない。じゃあまたあとでな」


「あっ、クロー様...」


 まだなにか言いたそうな使用人をふりきり、俺は街一番の酒場エールハウスとやらのドアを開け、中へと入っていった。

 


「広いな......テープル席もあるけど、壁ぎわ以外はスタンディングがメインなんだな...」


 大人しく飲んでいる者もいれば愉快にステップをふむ者もいる。

 あでやかに着飾る女性もいればそれをハントするように見つめる男性もいる。

 すでにずいぶんと仲良くやっている男女もいる。

 店内はたくさんのヒトと音と酒のニオイが入りまじり、まさしく〔夜〕に華やいでいた。


「ヒト、たくさんいるな......」


 みんな、この街の人間なんだろうか。

 楽しそうにしてるなぁ。

 俺以外にひとりの客はいるのかな......。


「と、とりあえず一杯たのむか...」


 俺はおずおずとバーカウンターに進んだ。


「はい、どうぞ」

「あっ、えっと、び、ビール?ください...」


 酒を注文しながら、自分があきらかに気後れしていることに気づいた。

 豪遊するぞ!などとエラそうに意気込んでいたくせに...。


 グラスを受け取って近くのカウンター席に座ると、ぼんやりと転生前の自分を思い浮かべた。

 

「よくよく考えたら、こういうパリピがワイワイするよーな所に来て、どーこーすること自体、今までなかったよな......」


 そう。

 俺には経験がなかった。

 いわゆるアソビってやつの経験が!


 見た目やステータスや生きる世界が変わったからといって、しょせん中身はダメダメ中年の俺。

 人生残りあとわずかだとわかっても、あいかわらず煮えきらない俺......。

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