ep2 目覚め

 ......


「......ん」


 目を覚ました。


 ......めをさました?

 俺は死んだんじゃなかったのか?


 風にあおられて川に落ちておぼれて......って、じゃあここはあの世?


 でも、あの世にしては......なんか、やけに現実感があるというか......。


「ここは......」


 どうやら俺は、ベッドの上で寝ていたらしい。

 あの世にもベッドがあるのだろうか?

 ご親切に枕と布団まである。


「......!」


 急にハッとして、俺は上半身をむくりと起こした。

 自分の手のひらを見つめながら、にわかによぎった考えに思考をめぐらせる。


 この現実感......。

 まさか、俺......死んでいないのか?

 ......奇跡の生還ってヤツか?


 でも、どうやって助かったんだ?

 偶然すぐ近くにレスキュー隊でもいたのか?

 何もわからない。何もわからないけど......


「......とにかく、生きてるっぽい......」


 確かめるように両の手をグーパーと開閉し、確認するように自らの体中をさわった。


「どこも......痛くもない......」


 なんだ?奇跡の生還どころか、ケガひとつしていないっぽいぞ?

 それに......頭もフツーに働いているよな。

 むしろ普段より鮮明なぐらい。 


「......」


 疑問に疑問を重ねながら、まわりを見まわした。


「......ここ、病院?ではないのか?」


 そこは、病院とは言いがたい、古い洋館の一室といった様相の部屋。


「天井、たかいな......」


 上方を見上げながらつぶやいた時、ふいに部屋のドアがガチャッと開く。

 音につられてそちらに振り向くと、ちょうど入室してきた誰かと視線が合わさる。


「......ぼっちゃま?ぼっちゃま!」


 その人は俺を見るなり声を上げて、バタバタと駆け寄ってきた。


「ぼっちゃま!目を覚まされたのですね!良かった!本当に良かった!」


 六十?いや七十代か?白髪頭に白い口髭を生やした年配の男は、俺を見て涙を流し始めた。


 執事風の格好をした外国人っぽいじーさん?

 医者の先生か?

 ずいぶんと変わったお医者さんだなぁ。

 執事カフェってのは知ってるけど、執事病院なんて聞いたことないぞ。

 

「ぼっちゃま!御身体は大丈夫ですか?痛いところは?なにかお飲み物お持ちしましょうか?濡れたタオルでお顔を拭きましょうか。それと...」


「あっ、えっと...」

 あまりに執事風の男が矢継ぎ早にまくしたてるので、俺は思わずさえぎるように声を発した。


「ぼっちゃま?どうなさいましたか?」

「......あ〜、その...」


「ぼっちゃま?」

「ええっと、その、お医者さん、ですよね?」


「は?」

「いやだから、あなたは、お医者さんですよね?」


「なにをおっしゃっているので?」

「なにをって、だから、その...」


「......なるほど。やっと目を覚ましたと思ったら、私めを驚かせてからかっていらっしゃるのですね?いえ、それならむしろ安心しました。何よりご無事という証拠ですからね。クローぼっちゃま」


「......クロー、ぼっちゃま?」


「...ぼっちゃま。おフザケはもうおやめになってください。さすがにこのタイミングでは笑うより心配がまさってしまいますから」


「......いや、あの......誰、ですか?」


「えっ?本気でおっしゃっているのですか?」


「それに......ぼっちゃまって、クローって、誰なんすか?」


「!!」

 執事風の男は、眼を見開いて張りつめたような表情でかたまった。


「......?」


「ま、まさか、なんということでしょう......」


「??」


「実例も、存じてはおりましたけども、まさか......。

 ただでさえぼっちゃまのお身体は......その上さらに、このような事までぼっちゃまの身に起きようとは!

 いや、これもアレのせいなのでしょうか......?」


「あ、あの......?」


「......記憶を、なくされたのですね」


「えっ」


「ぼっちゃま。わたくしはパトリス・ペイジ。

 ラキアード家の執事をしている者です。

 そして、貴方はクロー・ラキアード。

 私が仕えるラキアード家の一人息子でございます」


「はあ......」

 ご丁寧に説明されようと俺には寝耳に水でしかない。


「......本当に、なにも思い出せないのですね。承知しました。

 私は今から医者を呼んで参ります。

 それまで、どうか安静にしていてください......」


 執事のパトリスは哀しそうに微笑むと、きびすを返してすごすごと退室していった。

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