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『おはよう、ヒカル』
『おはよう、カゲノ』
ヒカルは、花が咲くような笑顔で、俺の名前を呼んだ。
俺が人間だったら、その笑顔をずっとそばで見ていられただろうか。
いや…きっと俺が人間だったとしても、その笑顔が俺に向けられることはなかっただろう。
それでも…たとえ他の誰かに向けられた笑顔だとしても、惑わされ、魅せられてしまったこの心は、永遠に変わらないのだろうから。
たとえヒカルがもう二度と、この世界に来ないとしても。
『…ヒカル』
『なに?』
『…もういいよ。もう終わりにしよう』
『え…?』
初めて、ヒカルの髪に触れた。
そっと撫でると、柔らかな感触と、あの目眩がするような甘い花の香りがする。
『どういうこと?』
『…もう、ヒカルの夢から出ていくことにしたんだ』
そんな顔しないで。
何も、大切な人がいなくなるってわけじゃない。
俺が消えたら、ヒカルの中に残っている俺の記憶も少しずつ薄れていく。
そうして出会ったことさえ、なかったことになるから。
『ヒカルには、大切な人がいるでしょ?』
『…でも…』
『ヒカルが幸せなら、俺はもうそれでいいんだ。ここで、少しでもヒカルのそばにいられて幸せだったから…もう、充分だよ』
俺のことなんて、ヒカルは考えなくてもいいんだよ。
俺は悪魔だから。
ヒカルは人間だから。
俺たちは、違う世界で生きなきゃ駄目なんだよ。
『最後にさ、一つだけヒカルにお願いがあるんだ』
『…なに?』
『……ピアノ、弾いてくれないかな』
その音色を、サヨナラの代わりにしたいんだ。
『……わかった』
この別れが、もう何を言っても変わらないものだと理解したように、ヒカルは覚悟したように一つ小さく息を吐いて、椅子に座った。
鍵盤に置いた指先が震えて、大きな瞳に涙が滲んで、そして、最初の音が響いたと同時に、零れ落ちた。
泣きながらピアノを弾くヒカルは、綺麗だった。
不完全な心を持つ人間とは思えないほど、綺麗だった。
最後の一音が鳴り終わると、ヒカルは俺を真っ直ぐに見つめて、そして、怖いくらいに美しく微笑んだ。
そこで、何故か俺の意識はフワリと宙を舞うように軽くなって、急激な睡魔に襲われた。
ヒカルが、何かを言ってる。
だけど、よく聞こえない…
『ねぇ、カゲノ』
ヒカルの声が、二重になって俺の頭に響く。
『もし俺が、叶人を永遠に手に入れたら…』
永遠に…手に入れたら…?
『今度は…』
怖いくらいに美しい微笑みを浮かべた唇は、最後に確かにこう言った。
『俺がカゲノの夢の中に会いに行ってあげる』
意識が途切れる瞬間、俺は全てを理解した。
あぁ…俺は、悪魔に恋をしていたんだ………
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