3 Kageno.side

ヒカルは、花のようだった。


その、目眩がするような甘い香りは、俺を捉えて離さない。






ずっと、見てきたからわかる。


ヒカルが、どれだけあの人間を愛しているのかということも。


あの人間が、どれだけヒカルを必要としているのかということも。






この真っ白な世界で一人、ヒカルを想う時。


その、どうしようもない劣情に駆られる時。


やはり自分は悪魔なのだと思い知らされる。




話をするだけ、見つめ合うだけでいいなんて、本当にそれだけでいいなら…どれだけ救われることだろう。




ヒカルを奪ってしまいたい。


自分だけのものにして、壊してしまいたい。




あの人間が、憎くて仕方ない。






一人でいたら、ぐるぐると脳の奥底を真っ黒な感情が埋め尽くしていく。


それが恐ろしくて、気が付いたら俺はヒカルの意識を操作して、何度も、無理矢理この世界に引き摺りこんでしまっていた。






ヒカルは、怒らなかった。


俺を恨んだりしなかった。


ただいつものように、俺と話をしてくれた。


こんな最低の悪魔に、笑いかけてくれて、そして、ピアノを弾いてくれた。


ヒカルの世界の、愛の歌を。






『ヒカル』


『ん?』


『………愛してる』


『……うん、ありがとう』




ピアノの演奏が止まって、少し返事を考えるフリをして、そして、ヒカルは悲しいくらいに美しく微笑んで、また指を鍵盤に走らせる。






『愛』というものは、自分の口から聞くと、酷く陳腐に聞こえる。


愛って、何だ。




俺は悪魔だろう。


愛なんて人間の真似事をして囁いてみても、きっとそんな偽物の言葉は、ヒカルには届かない。






もう、わかっている。


どれだけこんな時間を繰り返しても、意味はない。






最近、ヒカルがこの世界にいる時間が長くなってきている。


俺にその気がなくても、そばにいるだけで、俺はヒカルの精気を奪ってしまっているんだろう。






もう、解放してあげるべきだ。


返してやるべきだ。


あいつに、ヒカルを。








それなら、もう少しだけ…




もう一度だけ、あの歌を聞きたい。




俺の世界には与えられなかった、あの愛の歌を。




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