2 Hikaru.side

『おはよう、ヒカル』




最初は、何もないただ真っ白な空間だった。


その空間に、俺と、ただ彼だけが立っていて、そしてあの時も彼はこう言った。






【おはよう、ヒカル】






まるで呪文か何かのように、その言葉を聞くと、何だかとても心地良い気分になって、ずっとここにいたいなんて、そんな気持ちが湧き出してくる。


俺には、叶人がいるのに。


彼のこの言葉を聞いてからというもの、俺は、自分の意思とは関係なく眠気に襲われるようになり、気がつけばまたここにいる。






彼…カゲノは、夢魔という存在だ。


人の夢の中に入り込んで、精気を吸い取る悪魔。


カゲノは、何千何億といる人の中で、俺を選び、この夢の中の世界を作り上げた。


夢魔は本来、そうして勝手に人の夢に入り込み、その意思を支配して無理やり行為に及び、精気を奪い取る。


でも、カゲノは違った。




カゲノは、今まで一度も、俺の意思を無碍にしたことはない。


それどころか、俺の体に触れたことさえない。




ただ見つめ合って、話をする。


俺が嫌がることは、何一つとしてしない。




だからこそ、厄介だ。


カゲノは、悪魔と呼ぶにはあまりに優しい。


そして何より、俺のことを愛している。


最初はただ、何もない真っ白な空間だったこの世界も、話をしていくうちに、段々と俺の好きなもので埋め尽くされるようになった。


特に、あの大きなグランドピアノは目立つ。




俺が話す一言一句を、カゲノは覚えていて、大切にしている。


そんな、優しすぎる悪魔を、どうして突き放すことができるだろうか。








『ヒカル、何もしないからさ…もっと近くに来てよ。話をしよう』


『…うん』




カゲノと過ごす時間は、苦痛じゃない。


穏やかで、優しい空間だ。




俺の体が保つなら、このままの日々が続けばいいと思う。




友人、親友、恋人。


そんな言葉に当てはめられないと言うなら、俺とカゲノにしかわからない関係でいいと思う。






でも、きっとカゲノは、それを望んでいない。


きっと…俺とは違う未来を、望んでいる。




思うように気持ちが伝わらないところも、人間らしいと思う。




何も違わないのだ。




悪魔も、人も。




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