嘘つき悪魔の夢
Pomu
1 Kanato.side
僕は、両親の顔を覚えていない。
自分の名前も、どうしてここにいるのかも。
『
「おはよう、ヒカル」
扉を開けて彼が部屋に入ってくると、ふわりと花の香りがする。
僕は少し眠くなるような、そんな穏やかな心地がして、きっとこの感覚は幸せと言うのだろうと、そんなことを考える。
彼の名前は、ヒカル。
僕の大切な人だ。
『ご飯できたから、一緒に食べよう 』
「うん。ありがとう」
ヒカルは、細い腕で僕を抱き上げる。
この細い腕のどこにそんな力があるのだろうと思うけど、全く歩くことをしなくなった僕の足は子どものように細くて、もしかしたら、もうそんなに重くはないのかもしれない。
ヒカルに抱えられながら部屋を出る。
長い廊下を、心地の良い振動に揺られながら歩く。
音楽が好きなヒカルは、よく鼻歌を歌う。
聴いたことのないメロディー…いや、僕が覚えていないだけかもしれない。
廊下の先に、大きく開いたままの扉。
その向こうには広い食堂がある。
この家が、誰の家なのか僕は知らない。
思い出せない。
深く考えようとすると頭が酷く痛むから、僕はいつしか何も考えなくなってしまった。
『いただきます』
「いただきます」
ヒカルは優しくて、暖かくて、心地がいい。
ヒカルのことを僕は何一つ覚えていないけど、ヒカルは僕の知らない僕のことを、沢山話して教えてくれる。
僕の両親は、交通事故で亡くなったそうだ。
その事故が原因で、僕の足は動かなくなった。
病院で目が覚めた僕は、何もかもを忘れていて、そんな真っ白になってしまった僕に残されていたのは、ヒカルだけだった。
ヒカルは、僕の生活の何もかもを、世話してくれている。
この家には、僕が暮らすのに困ることは何一つない。
こんな生活はきっと、世間の常識というものからは大きく外れているように感じるけど、なぜか今の僕は深く考えるということが、出来なくなってしまっている。
頭に靄がかかっているような、そんな感じだ。
ヒカルが大丈夫だと言うなら、きっと全ては大丈夫なんだろう。
今の僕にとって、ヒカルが言うことは全て真実で、することは全て正しい。
それは、常識とか、社会とか、世間とかいうものからは大きく外れているのかもしれない。
でも、僕はそんなもの全部忘れてしまったんだ。
だったら、ヒカルこそが僕の世界だ。
でも、そんな幸せな世界が、最近少し、壊れつつあった。
「ヒカル?」
『………』
ヒカルは、最近少し変だ。
話している途中でも、食事の最中でも、突然電池が切れたように、バタリと眠ってしまうことがある。
僕の力では、テーブルに項垂れて眠ってしまったヒカルをベッドに連れて行ってあげることも出来ないし、こんなふうに眠ってしまった時のヒカルは、自分から目を覚ますまで、何度起こしても起きてはくれない。
「ヒカル…」
もしかしたら何か悪い病気かもしれない。
そう言っても、ヒカルは頑なに、大したことじゃないからと聞く耳を持たなかった。
このまま、目を覚まさないかもしれない。
いつも、そんなことを考えてしまう。
ヒカルを失ったら、僕は生きてはいけないのに。
「ヒカル…」
何度も何度も名前を呼ぶ。
時間が経てばまた、いつものように目を覚ましてくれる…そう自分に言い聞かせながら、何度も何度も。
僕の世界が、終わらないように。
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