第29話 たしかなこと

結界消滅後、ルーシーはトンプソン殺害およびクレアの拉致監禁容疑で、アレクの通報を受けてやってきたウィリアムら犯罪捜査課に逮捕された。


逮捕といっても、フランクリンとクレア同様意識を失っていたため、皆ひとまず病院に収容されたのだという。意識と体調が戻り次第、それぞれ取り調べを受けることになるだろう。


「フランクリンに関しては、本人がなにをいおうと、最終的には証拠不十分で釈放されることになるだろうな」


フランクリンがどれほどクレア隠しに加担したと主張しても、衣装部屋の捜査を行った警察側は『』と証言するのだから。

理解の範疇外にある真実を、人は基本的に信じない。


「魔法がからむ事件ってのはそういうもんだ」


背もたれにギシッと背をあずけてアレクがいう。


「…………」


フランクリンにとってそれは幸いなのか。

当人はそれをのぞまないのかもしれない。それでも、と思う。

悲痛な表情で「あんなにやさしいひとを巻き添えにしてしまった」と嘆いた女性を思い、チャーリーはうつむいた。


「チャーリーが寝てるあいだ、アタシ書類を出す用事があって、受付の前を通ったんだけどさ」


ふいに、オリビアが口を開いた。


「そしたらスワロウ座のケイトがいたんだよね」


ルーシーのアリバイを証言していたケイトは再度聴取を受けた。

しかしあらためて事件当時のことをたずねても、なぜか記憶があいまいで思い出せないを繰り返すばかりだったという。


「魔女の残滓が破壊されれば、術の効力も失われるわ。そうなると記憶操作されているあいだのことは、空白の記憶にすり替わっちゃうのよ」


取り調べを終えたケイトは、ルーシーとフランクリンにひと目会わせてくれ、と受付で食い下がっていた。


「でも今はふたりとも病院に入ってるし、そもそも面会謝絶状態だからさ。あのままずっと受付で騒いでても遅かれ早かれつまみ出されることになっちゃうから、引き上げてもらうかわりに、ちょっとだけ伝言をあずかったの」

「伝言?」





「あたしたちはいつまでもルーシーのことを待ってるって、伝えてほしいんだ」


オリビアの眼をまっすぐ見て、ケイトはいった。


「でもルスティカ劇場はヒルドン工房に売却されるって聞いたわよ。警察がルーシーの自室から契約書を見つけ出したって」

「なあに、劇場がなくたって芝居はできるさ。ルーシーのじいさん……初代が劇場を買う前のスワロウ座は流しの一座だったんだからね!」


原点回帰ってやつさ、と白い歯を見せて笑う。


「初代や先代が ―――― あたしたちが築き上げてきたものを、そう簡単に投げ出したりしない。フランクリンだってそうさ。うちの連中はみんなそう思ってるよ」


ケイトが視線をやった先、警察署の入口付近に小さな人だかりができていた。

こちらの様子をうかがう集団の中には、舞台衣装を来た者や黒子姿のままの者もいる。


「―――― だからあたしたちは……あのバカで、不器用で、やさしい子を見捨てたりしないんだ」


間違えたのならやり直せばいい。

生きる道はひとつなんかじゃない。


「あの子にそういってやっておくれ」





「……そうですか」


さすがの肝っ玉ぶりだ、とチャーリーは微笑んだ。



『―――― 私にはもう、ほかの道なんてない!』



そう叫んだルーシーの声が脳裏によみがえる。


悲しい紺色の瞳をしたあの女性に、ケイトの言葉が届くといい。

裁かれなければならない罪はある。

ただ彼女の未来に少しでも光があればいいと、そう祈らずにはいられない。

いつの日かルーシーが刑務所を出た時に、彼女の帰りを待つ人々がいることだけはたしかなのだから。


「ルーシーさんは今後どうなるんでしょう?」

「さあな」


アレクが両手をひざのあいだに落としてこたえた。


「俺たちの仕事は魔女の残滓に侵された人間が罪を重ねることなく、命を散らすことのないよう、核を破壊することだ。それ以上のことは関わりのねぇ領域だ」


考えたところでなにも変わらない、と割り切るアレクに


「そういうものですか……」


チャーリーは悄然とつぶやいた。


ぐーきゅるるるる


「おや、こちらがいうより先に匂いに反応したお腹がいますね」

「室長!お帰りなさーい!」

「はい、ただいま帰りました」

「きゃーっ、いい匂い~!」


赤面するチャーリーと諸手をあげて喜ぶオリビアにこたえて、大きな紙袋を抱えたボールドウィン室長が書類棚のあいだから姿をあらわした。


「おふたりの帰りが遅くなるだろうと、トカゲの尻尾亭に夕飯を頼んでおいたのは正解でしたね」


トカゲの尻尾亭は警察署の近くにある食堂で、夜は酒場としても営業している。


「捜査がたてこんだりすると、時々こうして料理の持ち帰りをさせてもらってるんですよ」

「鹿肉のパイ美味しそう~っ」


紙に包まれた料理やパンが次々と袋から取り出されていく。

心得たように取り分け用の木皿が入っているあたり、だいぶごひいきのようである。


チャーリーはあわててメガネをかけ直して、ローテーブルから帽子を回収した。

気を抜くとヨダレが垂れそうだ。


さして大きくない天板の上にところせましと並べられた、まだわずかに湯気のあがる料理たちを皆で囲む。


「そっちのお皿取って~」

「お前揚げ芋ばっか食ってんじゃねぇぞ」

「チャーリーくん、ここのブルスケッタはとても美味しいんですよ」

「あ、ありがとうございます」


こんがり焼いた薄切りパンに、たっぶりのトマトとバジルがのった一品にチャーリーの顔がほころぶ。かぶりつけばトマトの酸味が口いっぱいに広がり、鼻の奥で上品なニンニクの香りがふくらんだ。


(幸せの味……!)


メガネ娘は至福をかみしめた。

今朝まで文字通り食うに困っていたことがウソのようだ。


それに、こんな風に大勢で食卓を囲むことなど一体いつぶりだろう。

集まって食べるご飯は美味しいと誰かから聞いたことがあるが、


(本当なんだなぁ)


チャーリーは輪切りにされたタマネギのフライに舌鼓を打った。


* * *


「そういえば、チャーリーはどこに泊まってるの?」


オリビアのなにげない問いかけにメガネ絵描きが動きを止める。


「…………とってません」

「え?」

「お金がないので……宿はとれていないんです」

「昨日はどうしたの?」

「昨日は……あの結界ってやつに巻き込まれて ―――― 最後にぜんぶが真っ白になった後は、気づいたら朝になっていたので……」


あらためて口にするとよく無事に夜を越せたなと思うし、さすがに連日の外寝はよろしくない。


「本当は今日頑張ってお金を稼ごうと思ってたんですけど……」


午前中の売上だけでは宿代に届かない。

幸せな晩餐から一転、現実を突きつけられたチャーリーはがっくりと肩を落とした。


「どこかで納屋を貸してもらえないか、ききにいかなきゃ」

「あらー……」


申し訳なさそうに眉を下げるオリビアはともかく、涼しい顔で腸詰を頬張るアレクには少しばかりうらめしげな眼を向けずにいられない。

そもそもアレクに問答無用で連行されたことがすべての発端だった。

当の男は痛くもかゆくもないといった様子でもしゃもしゃと咀嚼すると、口の中の肉を飲み込んだ。はしばみ色の瞳がチラリと室長を見る。


「ねえ、チャーリーくん」

「あ、はい」

「泊まる場所にお困りであれば、部屋をお貸ししましょうか?」

「いいんですか!?」


突然の申し出に思わず前のめりになった。

すかさず「その代わりといってはなんですが」とにこやかにちょび髭紳士。


特捜室うちで一緒に働いてみませんか?」

「え」


チャーリーがたじろぐ。


「お話した通り、特捜室は万年深刻な人手不足でして。正直いって、戦力になってくれる人はのどから手がでるほど欲しいんです」

「や、でも、自分、警察官じゃないんですけど!?」

「だいじょうぶだいじょうぶ、うちそういうの『有り』な部署だから」

「有り!?」

「オリビアくんも警察官ではありませんからね」

「そうなんですか!?」

「そうよ~」

「特殊犯罪捜査室は、国が表立って取り締まることのできない特殊な犯罪を扱う特別な部隊です。内実としては警察という肩書を与えられた魔法使い集団の性質が強い。そのため部隊に採用する基準も、普通の警察とは異なります。うちの上層部は、我々の活動の力になってくれそうな能力は積極的に取り入れていけ、が基本方針でして。是非、力をお貸しいただけませんか?」

「い、いや、力なんて、そんな」

「謙遜しなくていいのよ~、今日のチャーリー大活躍だったじゃない!」

「け、謙遜とかじゃなくてですね、あのっ」

「言っとくが、そんだけ視えといて『大した能力じゃないです』つってもかけらも説得力ねぇからな」

「あ、あわあわ……!」

「加えて、発見した痕跡から情報を読み取る知識力といい、情報をもとに仮説を構築する力といい、はじめてとは思えないほどすばらしいものでした」


両手を肩の高さまであげたまま硬直するメガネ絵描きに、ボールドウィン室長がほがらかな微笑でたたみかける。


「もちろん、無料とはいいません。きちんとお給金をお支払いいたしますよ。きみの貴重な能力と時間をお借りするわけですからね」

「えっ」

「部屋についても、一緒に働いていただけるのであれば、無期限、且つただに近い格安家賃でお貸しするとお約束します。宿の心配をする必要がなくなりますよ」

「ううっ」


立て続けに並べられる魅惑的な勧誘文句にチャーリーはうめいた。

確かにここで働けば、絵も描けるし、安定的にお金がもらえるし、寝床の心配をする必要もなくなる。

いや、でも、しかし。


金魚のように口をパクパクさせて悩むメガネ絵描き。

その様子に、老紳士の瞳がきらりと光った。

身をのり出し、一段低い声でささやく。


「ここでなら、普段まみえることのない斬新なものたちを描く機会に恵まれますよ……!」

「ううう……っ!!」


絶妙に弱い部分を突かれてチャーリーは激しく動揺した。


(ああっ、でも、でも、おじいちゃんに『ひとところに長くいてはいけない』って言われて…… ――――!)


祖父に「よく守るように」といわれた数々の教えごとがぐるぐると頭をめぐる。


苦悩する。

ひたすら苦悩する。

そして最終的に思った。


「………………………………………………………はい」


自分は「ノー」といえない祖父の血をたしかに継いでいるのだと。

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