第21話 手掛かりが示す先

「と、とにかく、憑依者をはやく特定しないと、これ以上事態が進展しないことだけは確かなんだから!もう一回手掛かりの読み解きにもどるわよ!」


不穏な空気を追い払うように両手を突き上げたオリビアが「あっ」と宙を見たまま動きを止めた。


「ねえ、背景も照明も、裏方の仕事だといえるわよね?ウィリアムくんたちも『動機があってきな臭い』っていってたフランクリンはどうなのかしら?事件当時のアリバイもないし、ずっと先代と一緒にスワロウ座を支えてきたってんなら、きっと先代が創った『春ツバメのはばたき』にも思い入れがあるんじゃない?それに成人男性なら、トンプソンを殴り殺すことも、クレアを力づくでどこかへ運ぶことも可能だわ」


気持ちふんぞりながらたたみかけるオリビアを、アレクは無感動な眼で見下ろした。


「フランクリンの体格なら犯行は余裕だろうな」

「でしょ、でしょ?」

「事件の数日前にトンプソンとフランクリンが激しい口論をしているところも目撃されてる」

「ますますあやしいわね!」

「ドヤッてるところ悪いが、お前大事なこと忘れてるぞ」

「大事なこと?」

刻印しるしの持ち主は女だ」

「あ」


そうだった、と顔をしかめるオリビア。


「魔女の残滓ざんしは力が強くなるほど、憑依者自身もふくめ、他者の精神に働きかけられるようになりますからね。集団催眠とまではいきせんが、二、三人程度に対する意識操作などはよく聞く話です。トンプソンの殺害はともかく、女性ひとりをどこかへ運ぶくらいのことなら、フランクリンさんを操って実行させた可能はありますね」

「ほらー!」

「なにがほらーだ」


室長のフォローにのっかるオリビアに半眼のままアレクが返す。


「フランクリンさんと同じく劇団の古株で、女性の方がいましたよね?」

「第一発見者のケイトですね。トンプソンやクレアに対する鬱憤は相当なもんがありましたが ―――― 事件当時にアリバイがあります」

「ルーシーって役者と一緒に劇場裏にいたんだっけ。でもそれも、ルーシーにそう供述するよう意識操作したのだとしたら、確実なアリバイとはいえないわよね」


オリビアが口をとがらせながらぼやく。

この意識操作の影響が毎度事態をややこしくする。


「そう考えると、少なくともケイトさんは手掛かりが示す情報をそれなりに満たす人物だとはいえます。ひとまず容疑者候補のひとりとして、彼女とその身辺をもう少し調べて ――――」

「もうひとつ、春ツバメです」

「ん?」


ふいに、足もとから声がした。

誰もがつられて下を見ると、しゃがみこんだチャーリーがオリビアが立つ石だたみを指さしていた。

小さい春ツバメのシルエットが、まるでオリビアを囲うように、いくつもきざまれていた。


「うわっ!?」


オリビアが思わず横へとびのく。


刻印しるしの女が立ってた場所だからか」

「他の石だたみにはないようですから、手掛かりと見てよさそうですね。それにしても……これで『春ツバメ』は三つ目ですか」

「春ツバメ推しがすごいわね」

「推しっつーくくりなのかこれは」

「なによー、いちいち茶々入れないでよね!」

「オリビアちゃん」

「ん?」

「自分も、オリビアちゃんのいうとおりだと思います」

「チャーリーくん?」


数歩後ろへ下がったメガネの絵描きは、三人が見守る中、残照に照らされる警察署をしずかに見上げた。


夕刻を告げる教会の鐘が鳴っている。

その音を聞きながら、チャーリーはスケッチと同じ景色に思いをはせた。

あの刻印を宿した女性は、その眼にどんな光景をうつしていたのだろうかと。


夕暮れを染める茜が、緑青の瞳にとろりとまたたいた。


残滓の痕跡をつなぎあわせた歪つな絵が、ゆっくりと、まなこの奥に姿をあらわす。

かすかな吐息が、チャーリーの口からもれた。


「『春ツバメ』が三回も手掛かりとして残ったのはたぶん」


それだけ『春ツバメのはばたき』がにとって大事な作品だったからだ。


「大切で、何度も思いを馳せるくらい大切で ―――――― でも……だから、彼女は怒っていたんです」

「怒っていた?」


そう、と絵描きは宙を見つめたままつぶやいた。


「オリビアちゃんいいましたよね。『どれだけお怒りよ』って。そのとおりなんです。あの刻印の女性は本当に、心の奥底から、怒っていた」


喜怒哀楽の感情が憤怒に染まってしまうほどに。

スワロウ座をかえりみない者たちに、宝物のような作品を軽んじられ、踏みにじられて。


チャーリーはまっすぐ三人を見た。


「裏方の視点は一度横において……もっと単純に、手掛かりから見えるものだけで想像してみてください」


スポットライトは、舞台の上に立つ主人公を照らし出すもの。

背景は、この劇団で演じてきたいくつもの演目を象徴するもの。


チャーリーのまなうらに、役者冥利に尽きると嬉しそうににじむ濃紺が浮かんだ。


「―――― かつて劇団の看板女優としてライトを浴び、お父さんとおじいさんが築き上げた劇団と劇場を、きっと誰よりも大切にしている女性が、ひとりいますよね」


苦々しい顔でアレクはため息をついた。


「ルーシーか」

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