第20話 示さない行き先

「あ ――!ほんとだ!」


警察署の外へ飛び出し、素描と周囲を見比べたオリビアが眼を見張る。

そのよく通る大音量に、近くにいた新聞売りがビクリと身じろぎした。

通行人の好奇の視線をものともせず、オリビアは画用紙に描かれた内容と実際の描画物を照らし合わせていく。


「そっちの新聞屋の屋台でしょ、後ろの役所に、この街灯はそこにあるやつで……」


庁舎や裁判所とならんで、ウィンドナート警察署もまた中央広場に面して建っている。ちょうど夕日に照れされた中央広場は、まさにスケッチの中の景色と瓜二つであった。


「いきなり走り出すんじゃねぇよ」


渋面のアレクがやってくる。

遅れてボールドウィン室長とチャーリーが姿をあらわした。


「このあたりで署を見上げてる絵だったのね~」


見抜けなかったことが悔しいのか、オリビアが歯がゆそうに唇をかんだ。

建物を見上げていた室長が、署の方向へのびる自分たちの影と背後の西日を確認しながらいう。


「たしかに、影が逆向きですねぇ。チャーリーくんのいうように、この絵の女性に対する光のあたり方は、さながら客席側から役者を照らすライトのようです」

「じゃあ、じゃあ、これで手掛かりは『スポットライト』と『舞台背景』と、『春ツバメ』と、『春ツバメ』ふたつ目と……」

「今回の事件がスワロウ座の劇場で発生している以上、『春ツバメ』に関しては上演中の『春ツバメのはばたき』を指してるものと仮定していいんじゃねぇか」

「『春ツバメ』を演目と考えるなら、どの手掛かりも『演劇』もしくは『お芝居』でくくられるものだといえるわね!」

「そうですね。しかし、そうだとすると――――」


ボールドウィン室長が口髭に触れる。

思わしげな視線の先には、刻印しるしをもつ女性の絵姿があった。


「どうも違和感をおぼえますね」

「俺もです」

「え、なに?なにが違和感なの?」


素描から顔をあげてオリビア。


「第一容疑者といわれるクレアの人物像と、手掛かりがいまいち合致しねぇって話だ」


魔女の残滓ざんしが残す痕跡は、憑依者がかかえる怨嗟や悲しみといった激情にまつわる『なにか』だ。


「聴取で聞いた情報を鑑みるに、クレアが芝居に対してそこまで熱意があったとは思えねぇだろ」

「ああ!」


オリビアが「ぽんっ」と小さい手を打ち合わせる。


「そうね、彼女なら賭博の方がよっぽど情熱をかたむけてそうだわ」

「若い女好きなトンプソンが突然連れてきて、演技はいまいち、セリフもろくにおぼえないってことは、おそらく顔の良さだけで気に入られて劇団にころがりこんだクチだろ」

「お小遣いをくれるトンプソンをうまく利用したのね」

「劇団の連中は皆、そんなふたりをうとましく思っていた」


そして発見されたトンプソンの撲殺死体。


「フランクリンがいってたな、『金庫の中なんぞ、どうせいくらも残ってなかっただろうさ』と。トンプソンが金を使い込んで、もとより何も入っていなかったとしたら、金庫荒らしがあったように見せかけたのは憑依者のしわざだろう。物盗りか、金目当ての犯行であるように思わせるための偽装か……」

「でもクレアは遺体発見の少し前に事務室へ向かうところを見られてるのよね。タイミングを考えると犯行現場に居合わせた可能性が高いんじゃない?」


うっかり現場を目撃された犯人が、相手を放っておくわけがない。


「でも憑依者がクレアでないのなら……」

「クレアの行方は犯罪捜査課が方々探してる。普通ならなんらかの目撃情報があってしかるべきだが、昨日の朝から文字通り誰もクレアの姿を見ていない」

「憑依者なら魔女の残滓ざんしの力を使ってどこかに潜伏するくらいはできるでしょう。憑依者でもないのにそんな姿の消し方をして、その上犯行現場を目撃したとなると ――――」


アレクが面白くなさそうに眉をひそめた。


「十中八九、クレアは憑依者の手に落ちてるだろうな」


それはつまり、憑依者の犯行がまだ終わっていないことを意味する。

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