第22話 追跡
「たしかに、見方を変えればルーシーさんにもすべての手掛かりが当てはまりますね」
しかし、とボールドウィン室長が小首をかしげる。
「ケイトさんが憑依者である可能性もまた捨てきれないのでは?」
「可能性という意味ではそうだと思います。でも想像してみてほしいんです」
憎い相手とはいえ、ひとひとりの命を奪った後で、この絵の女性はいったい何を思って
激情と理性のはざまで、板挟みとなった心の乱れようはいかばかりであったか。
自分をおさえつけるように胸の前で合わせた手は、こぼれそうななにかを必死におさえこんでいるように見えた。
「自分が話したケイトさんはとても商魂たくましい女性でした。良心の呵責に悩んでいるヒマがあるなら、公演の準備を優先しそうなくらい」
どうせ自首をするなら、自分が生んだ事態を余すところなく利用し尽くしてから出向く、といい切るだろう。
「まあ、傷心に浸るようなタイプには見えなかったな」
「それに今時分のケイトさんは、それこそ夜の公演の準備で忙しいはずです」
「ふらりと抜け出す余裕はない、ということですね」
ボールドウィン室長がうなずきながらちょび髭をなでる。
「あ―――!特捜室!」
耳慣れた大声が暮れ合いの空に炸裂した。
「お前らこんなとこでなに全員集合してんだ!」
振り向くと、ウィリアムをはじめとした犯罪捜査課の面々がぞろぞろと大通りの向こうから戻ってくるところだった。
片方の耳に指をつっこんでアレクがうっとうしそうにこたえる。
「署の前でなにしてようと俺らの勝手だろうが。お前らこそ随分はやいご帰宅じゃねぇか」
「あのケイトって団員に追い出されたんだよ!公演準備の邪魔だってな」
苦虫を嚙み潰したような表情でウィリアム。
警察側としては、捜査をあらかた終えていたこともあって、あまり強く出られなかったらしい。犯行当日に公演開催を許可した時点ですでに押し負けているといえる。
「結局クレアは見つかったのかよ」
「見つかってねーよ。女が行きそうな場所はしらみつぶしに探したが、足取りなし、手掛かりなし、目撃証言なしだ。雲散霧消でもしたのかっつーくらいきれいさっぱり姿が見えねー」
「お前、四文字熟語とか知ってたんだな」
「ケンカなら買うぞコラ!」
「あのー、つかぬことをおうかがいするのですが」
「なんだ!」
「ひえ」
ひかえめに手を挙げるチャーリーに、アレクに対する勢いそのままに振り返ったウィリアムは若干バツが悪そうに口を閉じた。後ろでオリビアのふきだす音が聞こえたがこれは無視する。
「あの、引き揚げる際にルーシーさんを見かけませんでしたか?すらっとした背の高い女優さんなんですけど……」
「ルーシー?……ああ、先代座長の娘か。いや、見かけなかった」
チャーリーのいわんとするところを理解したアレクが犯罪捜査課の面々に視線をやる。
「他のヤツらも、見てねぇか?」
「はい、僕も見てませんね」
新人の青年をふくめ、みな顔を見合わせると一様に首を横に振った。
「おい坊主」
「あ、はいっ」
「行くぞ」
「おい!?」
おどろいたウィリアムが呼び止める間もなく、チャーリーを連れだったアレクは薄暮れの大通りを駆け出した。
* * *
ふたたび訪れたルスティカ劇場は、夜の開演に向けての準備で活気だっていた。
入り口には宣伝用の立て看板が設置され、はやくも今夜の舞台のチケットを求める客が集まってきている。中には事件の続報を探りにきた記者たちの姿も混ざっているだろう。
外の様子を一瞥したケイトは、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「もう十分調べたんじゃないのかい?こちとら準備で忙しいんだよ。この様子なら今夜も満員が期待できそうだからね。いつまでもあんたたちの相手をしてるヒマはないんだ!」
「おたくの時間はとらねぇよ。ルーシーを見てないか?」
「ルーシー?」
ケイトがちょっと眉をしかめた。
「フランクリンにも同じことをきかれたね。いいや、あたしゃ見てないよ」
「フランクリンさんが?なんでですか?」
「そんなのあたしが知るわけないだろ。……でもまあ急いでたみたいだから、今夜の衣装か小道具になんかあったんじゃないのかい」
そう話を切り上げると、ケイトはさっさと持ち場へ戻っていった。
「フランクリンがルーシーを探している……?」
「ケイトさんがいうように、仕事に関することで探してるだけかもしれませんが」
本当にそれだけなのか?
先刻の署の前で話した憶測が頭の中をめぐり、なんとなく嫌な予感がした。
「……とりあえず、同じ相手を探してんなら、どっかで鉢合うなり、すれ違うなりすることがあるだろ」
気を取り直して、ふたりはせわしなく行き交う他の団員達に声をかけて回った。
「いや、見てないね」
「こっちにはきてないですよ」
「楽屋の方にいませんでした?じゃあ知らないな」
しかしめぼしい情報を得ることはできなかった。
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