第18話 残滓の痕跡
チャーリーが貼ったのは、血痕のついた絨毯を上から見た絵だった。
「被害者が倒れていた場所ね、あたしも今朝見たわ。結構ハデに血が広がってたのよねぇ」
「凶器が割れた時に飛び散った破片もかなりおちてたな」
「血の痕がどうかしましたか?」
「いいえ」
絵描きが首を振る。
「自分が気になったのは、絨毯の方です」
「絨毯?」
「実は、事務室に入った時、最初に自分の注意を引きつけたのは血の痕でも、鑑識の人たちでもなく ―――― この絨毯でした」
血痕に浸食されていない部分の絨毯を指してチャーリーはいった。
「見てください。鉛筆画なので色はわからないと思いますが、濃淡から想像できるように、実際多くの色がこの絨毯に使われていました。模様についても、様々な形が無規則によせ集まっているような、複雑なものです」
「たしかに、模様まではおぼえてないけど、色とりどりだった気はするわね。血だまりの印象が強くてあまり意識してなかったわ」
「近くで観察してみましたが、立派な絨毯でした。砂利や小さいゴミが通過しないように、糸が直立するよう緻密に織り込まれた織りは、中東のハザブ族特有の織り方です」
そういうと、チャーリーは二枚目の絵を隣に貼り付けた。
こちらは手が絨毯をめくっている光景だ。裏面がはっきり目視できる。
「気になって裏地を確認してみたところ、ハザブ部族の印が刺繍されていました。ここの、八角形のメダリオンが並んでいる部分、これが印です」
「へー、それって部族の印なんだ」
あれはテキトーに床を見てたわけじゃなかったんだな、と事務室のことを思い出しながらアレクがぼやく。
チャーリーが一歩下がって口もとに指をあてた。
「でも、そうなるとおかしいんです」
「おかしい、ですか?」
「なにが?」
オリビアの問いにチャーリーが振り返る。
「ハザブ族はとても信心深い部族です。彼らの特産品である絨毯も、宗教上の理由で使用できる色は三色まで、と決まっています」
こんなに色が渋滞している絨毯であるはずがないのだ。
「また、ハザブは模様に仕えるモチーフも厳密に定めていて、必ず左右対称でなければいけません。なのにこの絨毯はてんで無秩序です」
「なるほど……?」
一同が一様に考え込む。
しばらくして、銀灰色の髭をかるくなでていたボールドウィン室長がゆっくりと口を開いた。
「たしかに、これは『あるべき姿ではなくなったもの』ですね」
「これが『あるべき姿でないもの』なのであれば、自分は」
視線を絵にあてたまま、チャーリーはさらに数歩後ろにさがった。
「この歪められた模様の意味するところが気になりました」
「そうですね。歪められた痕跡がもつ意味を紐解いて、はじめて憑依者につながる手掛かりになります」
「なので自分は、アレクさんと一緒に劇場を見て回るあいだ、ずっと模様のこたえを探していました」
「見つけたのですか?」
振り返った花緑青の瞳に、楽しそうな光がとろりときらめいた。
「見つけました、最後にアレクさんと舞台裏を見に行った時に。これは ―――― 『書き割り』です」
書き割りとは、舞台セットにおいて風景や建物などが描かれた背景画の大道具を指す言葉だ。
舞台裏に立てかけられた書き割りは、どれも見たことのある絵だった。
その言葉を聞いた三人がふたたび眼をこらして、絨毯の絵をじっと見つめる。
すると ――――――
「あっ…………!?」
これまでなんとなくごちゃごちゃして見えただけの模様が、正しい見方を示された瞬間、またたくまに変貌をとげる。
「じゃ、じゃあっ、あれってもしかして森の中の絵!?」
「では、その隣はおそらく星空でしょうね」
「その下の、しずくみたいな形の部分は、建物っぽいのが並んでいるから、街並みかしら!」
「せめて四角い絵の集まりだったら、もっと早くに気づけたかもしんねぇな。絶妙に混ざり合うように並んでるあたりが腹立つ」
そこには、いろいろな形に切り取られた、大小さまざまな大きさの背景絵が、たしかに描かれていた。
「なんと……」
言葉にならない様子で室長が呆然と素描を見つめる。
その後ろで眉間に深いしわを刻んでいたアレクがチャーリーに話しかけた。
「ハザブとか、特産品の特徴とか ―――― お前、どこでそんな知識仕入れたんだ」
「ああ、それはですね」
メガネ絵描きがへらりと笑みを浮かべる。
「祖父をひいきにしてくださったお客さんの中に、海外の取引を扱う商家の旦那さんがいまして。外つ国の商品や話をいろいろと見たり聞いたりさせてもらったんです。めずらしいお菓子をよくくださったのが個人的には嬉しかったですねー」
「…………」
「あれ、アレクさん頭痛いんですか?」
「お前の引き出しに底が見えなくて当惑してるだけだから気にすんな」
「はあ」
ひたいに片手をあててうつむくアレクに、チャーリーは首をかしげた。
ボールドウィン室長が「まあまあ」と背後の部下をなだめる。
「それで、チャーリーくん」
「あ、はい」
「その手にまだスケッチが残っているということは、君は他にもなにかみつけたのだと私は理解しているのだけど」
生徒を見る教師のような表情を浮かべてボールドウィン室長はチャーリーをうながした。
「続きをきかせてもらえるかな?」
残るスケッチたちを持ち直し、チャーリーは背すじをのばした。
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