第17話 手掛かりを描き出す
その後もアレクとチャーリーは団員に話を聞いたり、楽屋や客席に入ったり、舞台裏やそでを確認するなどして、敷地内を歩きまわった。
途中、アレクが「なんか気づいたか」とたずねたが、チャーリーは「ちょっと頭の中を整理させてください」と答えたきり口を閉ざしてしまった。
その横顔からメガネ絵描きが考えていることをうかがうことはできず、アレクもそれ以上追求するのはやめて、ふたりは署へ引き上げることにした
* * *
署の前までたどりついたところで、ふとチャーリーが足をとめた。
「どうした」と問うアレクの声には反応せず、あたりをきょろきょろと首をめぐらせる。やがて、
「あ」
と小声をあげたチャーリーは、納得した様子でアレクのもとへ駆け寄った。
「なんかあったのか」
絵描きの娘はへらりと笑って、答えなかった。
その花緑青の瞳にとろりときらめく光彩が、螺鈿のような輝きを放っていることに、アレクはこの時はじめて気づいた。
* * *
地下室に戻ったふたりを迎えたのは、ボールドウィン室長とオリビアと、チャーリーたちが出掛けているあいだにオリビアが調達した大量の画用紙だった。
絵描きの娘はこれにもろ手をあげて歓喜した。
そして誰が止める間もなく、紙を手に取ったチャーリーは、深呼吸と共に鉛筆を一心不乱にすべらせはじめた。
―――― およそ一時間半後。
つめていた息を満足げに吐き出し、頬をほんのり上気させたチャーリーは鉛筆をかたわらにおいた。
「ひと段落?」
頭上からふってきた涼しい声に顔をあげる。
絨毯の上に座り込み、応接用のローテーブルにかじりついていたチャーリーを、執務席から三人が見下ろしていた。
アレクがあきれ顔でいう。
「お前は絵を描き出すと完全に別世界に入るな」
「いやはや、すごい集中力ですね。うらやましい限りです。歳をとるとすぐに集中が途切れてしまって……ああ、お茶は淹れ直しましょうね」
「お茶?」
手もとに視線をおとすと、今しがた描き上げた数枚のスケッチと、すっかり冷たくなったお茶がおいてあった。
「あ」
そうつぶやいたチャーリーの頬はさきほどと違う意味で赤くなった。
* * *
「それで」
あたたかいお茶を運んできた室長が話の口火を切る。
「描きたかったものはすべて描けましたか?」
お茶を受け取りながら、チャーリーはうなずいた。
ローテーブルの上に並んだ素描をひとつひとつ確認する。
(今までは描く対象の姿形を正しくつかむことにばかり注力していたけど……)
今回のように、そのさらに後ろにあるかもしれない「意味」を探りながら、線と点を結んでいくのは新鮮な感覚だった。
これまで深く考えたことがなかったが、自分はどうやら頭の中にうずまく情報を、一度絵にした方が考えがまとまるらしい。
それは、知らない自分を発見していく作業のようで、
(なんか不思議な感じ)
まだうずく指先を隠すように握りこんだチャーリーは、素描を手に掲示板の前に立った。
「では、あなたが見つけた魔女の残滓の痕跡を我々に見せてください」
おちついた微笑をたたえたボールドウィン室長は来客用の椅子に腰を下ろした。
掲示板の正面にあたる特等席だ。
オリビアがいそいそと隣の椅子を陣取り、アレクは室長の後ろに立った。
はしばみ色の双眸が、まっすぐ前を見据える。
全員の注目を一身にあびて我に返ったチャーリーはあわあわとたじろいだ。
「あっ……いや、あの、描けました、けど……でも自分が勝手にそうだと思い込んでいるだけかもしれないし、全然見当違いなことかもしれないし、絶対残滓の手掛かりをつかめてると確信してるかどうかっていうと決して定かでは」
「いいからはよ話せ」
「あ、はい」
メガネ絵描きは弁解を引っ込めた。
「ええと、では」
息を吸って、吐いて。
一枚目の素描を掲示板に貼り付けた。
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