第16話 関係者の証言その3
「さっきも話したが、事件当時はこの部屋でひとり作業をしてた」
ズングリとした体つきに顔の髭をすべて伸ばしたフランクリン氏は、ウィリアムが「クマみてー」と称した通り、衣装部屋の主の名に恥じぬ存在感をはなってアレクたちを迎えた。
扉がひらいた際、戸口をふさぎそうな勢いで入口いっぱいに立つフランクリンに、チャーリーが思わず後ずさりそうになったのは内緒だ。
「衣装部屋と事務室の距離はそう遠くない。事務室の方から声や物音が聞こえたりは?」
「さあ。あったかもしれんが、集中してたんでおぼえてない」
アレクの質問に対してギリギリ聞こえる声でぼそぼそとこたえる。
別段非協力的というわけではないが、いかんせん絶望的に愛想がない。
同じく愛嬌をどこかに置き忘れてきたアレクと並ぶと、地獄のような空気の重さであった。
「あの、自分、少し部屋の中を見させてもらいます~」
「勝手にさわって動かさんでくれよ。昨日あんたら警察に全部ひっくり返されて、元に戻すのが大変だったんだ」
重苦しさからの離脱をこころみたチャーリーに、フランクリンが強い調子で釘をさす。
部屋の中は衣装や小道具であふれていた。
一見雑然の極みのようなこの空間が、意図的に配置されているのならすごいことだ。
天井までとどく棚にところせましと押し込まれた小道具、木箱の中におさまる模造剣。ハンガーにかからない衣装はたたんで積まれており、壁にもいろんなものが飾られていた。
チャーリーが花吹雪用の小さな紙切れが入った樽をながめていると、近くの小棚に小道具の春ツバメがあることに気づいた。
尾が三つ又になった可憐な渡り鳥の胴体は深い青だが、羽根の先端とひたいに春を思わせるあたたかい桃色が入っているのが特徴だ。
(今夜の公演で使うのかな?)
小棚の隣には大量の衣装が衣装掛けにかけられていた。
よく見ると、なにかに押し出されているかのような不自然なふくらみ方だった。
チャーリーが眼をこらして衣装のあいだをのぞき込む。
すると、
「う!?」
なにかと眼があった。
しかもひとつではない。
深遠の中からなにかがこちらを見つめ返している。
「…………」
ごくりと生唾をのんで、ゆっくりと衣装の合間に顔を近づける。
フランクリンに「さわるな」といわれたので両手は横におろしたままだ。
これがあだになった。
前傾した体が一歩前に踏み出そうとした時、チャーリーの足が地面に落ちていた布を踏みつけて ―――― すべった。
「うわ――――っっ!?」
支える術のないチャーリーの体はものの見事に頭から衣装の山に突っ込んだ。
* * *
「トンプソン座長の遺体が見つかる直前、誰かあやしい人物を見かけなかったか?」
「いや、特に」
「廊下だけじゃない、外の路地もだ」
そこから見えるだろ、と窓を指す。フランクリンが顔を怪訝そうにしかめた。
「外?」
「外部の人間、たとえば物盗りがしのびこんだ可能性もあるって話だ」
「物盗りねぇ」
フランクリンが笑った。自嘲めいた乾いた笑いだった。
「物盗りの仕業ならさぞがっかりさせたことだろうよ。あれだろ、金庫が荒らされてたっていう。残念ながら金庫の中なんぞ、どうせいくらも残ってなかっただろうさ。劇団の金はあの男が使い込んでたからな」
「それは……」
「うわ――――っっ!?」
バターーーーーン!バサバサッ!ドサッッ!!
アレクの言葉をぶった切るように、叫び声となにかが盛大に崩れる音がひびいた。
「なんだ!?」
「おいっ!」
ギョッとした男たちが雪崩を起こしている衣装へ駆け寄る。
足の先だけがはえた布の中に手を突っ込んで、力づくでメガネ絵描きをひっぱり出した。
「ぶはっ」
「お前はなにかに頭を突っ込まんと気がすまない性癖でもあんのか」
「め、面目ない…」
「さわらんどくれといったはずだが」
「すみません〜!さわるつもりはなかったんですけど、こちらと眼があってしまいまして」
ごまかし笑いを浮かべながら、チャーリーはどでかいカボチャ頭のかぶりものをポンポンとたたいだ。
チャーリーの上半身ほどもある頭部たち。クマに、春ツバメに、巨大ガイコツまである。なかなかの品ぞろえであった。セットの着ぐるみまである。
どうやら、衣装を押し出していたのはこのかぶりものたちだったらしい。
「もういいだろ、そろそろ帰ってくれ。こっちも今夜の公演までにやらんといかんことがあるんだ」
お前らのおかげで仕事が増えたしな、とフランクリンの眼が言外にものをいう。
ため息をおとしたアレクはチャーリーの襟をつかんで立ち上がらせた。
「ぐえっ」
「おら、いくぞ」
「あっあっ、待ってください!フランクリンさん、ちょっとききたいことが!」
「なんだ」
まだあるのか、と冬眠明けのクマのごときフランクリンがにらみ返す。
「クレアさんの身長って自分くらいですか?」
「あ?……まあ、そうだな。坊主よりももう少し高いかもしれん」
「ありがとうございます。ちなみに、これは今晩の劇で使うんですか?」
春ツバメのかぶりものを指す。かぼちゃ頭と一緒に転がり出たものだ。
「いや、『春ツバメのはばたき』にかぶりものなんぞ使わねぇ。……つーかそんなかぶりもん見たことねぇぞ。どっから出てきた?」
フランクリンが低い声でつぶやく。
その言葉を横で拾ったアレクの眼がすっと細くなった。
男たちの反応をよそに、ふんふんとひとりうなずいていたチャーリーは「じゃあ最後に」と壁を指差した。
「あそこに飾られている仮面も、なにかの劇に使うんですか?」
横並びに四つの仮面が壁にかかっている。
表情の造りはすべて同じだが、配色がひとつひとつ異なっている。
「あれは『レオンの道化師』って戯曲に使う小道具だ」
「なるほど。仮面はあそこにあるもので全部ですか?」
「そうだが……ん?」
なにかに気づいたようなフランクリンが口をつぐむと、それきり下を向いて黙り込んでしまった。
困惑した様子の衣装係を見つめる花緑青の瞳に、光がとろりときらめいた。
「ありがとうございました ―――― 自分がききたかったことは、以上です」
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