第15話 関係者の証言その2
衣装部屋へ向かおうと角を曲がったところで、アレクとチャーリーは糸綴じされた書類を数冊抱えたルーシーとはち合わせた。
「あ……」
警察に頼まれた過去帳簿を渡しにいくところだったらしい。
せっかくなので少し話をきくことにした。
ルーシーはもの静かそうな印象そのままに、落ち着いた女性だった。
アレクの質問に対しても冷静に答え、乱れることがない。
「先代の娘さんだと?」
「ええ、うちは祖父が劇団を創立して、父がそれを引き継いだんです。私も、もの心がつく頃からお芝居が中心の生活で……そんな演劇一家でした」
「劇場を売却するウワサが流れていたことは?」
「ウワサのことは皆知っています。でも、ここは繁華街のすみっこで立地が良くないから、買い手がなかなか見つからないようでした」
「トンプソンと劇団の関係がうまくいってなかったことはきいてるが、最近特にトンプソンとの仲がおかしかった人間に心当たりは?」
「さあ、私は……」
「では、クレア嬢を最後に見たのは?」
「おとといの公演が最後です」
「なるほど」
「あのー……」
アレクの質問がひと段落するまでおとなしくひかえていたチャーリーが、思い切ったように声を出した。
「ずっと気になってたんですけど、ルーシーさんってもしかして、宣伝看板に描かれてた主人公のライバル役の方ですか?」
「え?」
唐突な問いにルーシーの濃紺の眼が丸くなる。
「ええ、ライバルの娘役を演じていました」
「やっぱり!あの看板の全体構図を見た時、天真爛漫な主役に対して絢爛豪華なライバル役の対比が面白い絵だなと思っていたんですけど……自分の中では、特にライバルの娘が浮かべる表情が良くて!こうして近くで見ると骨格でルーシーさんだってわかりましたけど、最初見た時はちょっとひっかかる程度で全然気づきませんでした!あんなに別人みたいな表情できるなんて、役者さんってすごいですね!」
「…………」
「まあ」
絵のこととなると急にテンションがあがるチャーリーに、若干引き気味なアレクに対し、ルーシーはぽっと頬を染めると嬉しそうにはにかんだ。
「ありがとう。そういってもらえて、役者冥利に尽きるわ」
でもね、とルーシーが秘密を打ち明けるよう仕草で続ける。
「あそこにいる彼もなかなかの変身ぶりなのよ。ねえ、こっちへきてちょうだい!」
「ルーシーお嬢さん?どうかしました?」
ちょうど通りかかった団員が不思議そうな顔でやってきた。
猫背でやせ型の、気弱そうな青年だった。
「彼は『春ツバメのはばたき』で怖い地上げ屋の役をやっているのよ」
「えっ、看板の上の方にいたイカついチンピラ!」
「チンピラ?」
「黒メガネとヒョウ柄ジャケットが大変お似合いでした!」
「ああ、あはは、ありがとう。そうだね、どこかの犯罪組織の組長みたいだよね、あの俺」
「は~~っ、今の姿と全然雰囲気違いますね、すごいな~~!」
「すごいなーじゃねぇんだよ、何の話なんだお前は」
「あいたたた」
見かねたアレクがキャスケット帽ごとチャーリーの頭をわしづかみにする。
「思いっきり脱線してんじゃねぇか。聴き取りだっつってんだろ」
「ああ、俺もさっき警察の人に話きかれましたよ」
「俺たちはそっちとはちが ―――― ああ、いや、質問がかぶるかもしれねぇが少しきいても?」
「ええ、どうぞ」
「クレア嬢を最後見たのは?」
「俺は、おとといの劇が終わって、後片付けをしてた時ですね。クレアはいつも着替え終わったらすぐに繁華街へ繰り出しますから」
「じゃあ、最近トンプソンと特に仲がうまくいっていない人間に心当たりは?」
そういえば、といいかけて黙り込んだ青年は、少しのあいだ口をつぐんだ後、意を決したようにアレクを見た。
「少し前に、座長とフランクリンさんが口論してるとこを見かけました」
「でも……座長が誰かと口論になるのは、よくあることだわ」
ルーシーがためらいがちに口をはさむ。
青年は首を振った。
「そうなんですけど、あの時はなんか様子が違ったっていうか、フランクリンさんがマジで怒ってたっていうか……。たぶん、俺たちの給金がちゃんと払われてないこととか、このところまったく客が入らないこととかについて話してたんだと思います。このままじゃ本当に劇団が立ち行かなくなるって。フランクリンさんは先代と旧知の仲で、ずっと裏方で支えてきた人だから、今の状況に対して人一倍責任を感じてるんだと思います。『スワロウ座がこんな風に落ちぶれちまって、先代に顔向けできない』って、酒の席でぼやいてましたもん」
「…………」
しんみりと黙り込むふたりの団員に礼をいって、アレクとチャーリーは当初の予定通り衣装部屋へ向かうことにした。
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