第14話 関係者の証言その1
顔馴染みの鑑識係との話を終え、アレクはひとつ息をついた。
少なくともこの部屋に関しては、オリビアとアレクが訪れた午前以降、新たにわかったことはないようだ。
チャーリーの様子を確認しようと顔をあげると、件のメガネ絵描きは所在なさげに部屋のすみで室内を観察していた。
やがてそろりそろりと絨毯へ近寄ると、先にいた鑑識係に遠慮してか端っこの方で、じっと血痕を見つめたり、ローテブルの下をのぞきこんだり、絨毯をぺろりとめくったりしている。
(小動物のひとり遊びか)
形容しがたい脱力感におそわれてアレクは目頭をおさえた。
とりあえずボールドウィン室長の提案にのってチャーリーを現場へ連れてきたが。
朝のオリビアのような結果におわる可能性は十分にある。
はたして室長が期待するような成果を、このメガネ絵描きは出すことができるのか。
地下室でのやりとりでチャーリーのケタ外れな記憶力と写生技術は認識したが、それとこれとは別問題だ。
(お手並み拝見か)
ふと、横にあった座長の執務机を見た。
執務が行われていたとは思えないくらい、酒瓶が散乱している。
飲みさしもあるが、空いているものがほとんどだ。
「トンプソン座長はこの麦酒が好きだったんですかね」
いつのまにか隣へやってきたチャーリーが床にも大量に転がっていた瓶のうち一本をとりあげてしげしげと見た。
たしかに、どの瓶も同じ銘柄のラベルが貼られていた。
酒場や酒屋でよく見る、安価で飲める酒だ。
「好きっつーか、安いんだよ。こんだけ飲んでりゃ、嗜好より量だったんじゃねーの」
「たしかに」
「凶器は回収済みだが、十中八九部屋にあった酒瓶を使ったと見られてる」
アレクはそういうと、鑑識係から借りた凶器の写真をチャーリーに見せた。
写真の中の酒瓶にも同じラベルが貼られていた。
衝撃が加わったであろう胴部の途中から粉々に砕けてなくなっている。
「こんだけ転がってりゃ選び放題だ」
そういえば、とチャーリーが机に向かって右側に設置された棚におさまる金庫を見た。金庫の扉は開けっぱなしで、中はもぬけの殻だった。
「一応物盗りの線は残っているんでしたっけ?」
「一応な。下見てみろ」
机の後ろにある窓を示してアレク。
外へ眼を向けると隣接する倉庫群が見えた。
警察関係者とおぼしき人々が走り回っている姿もちらほらと確認する。
そちらも気になったが、とりあえずいわれた通り窓下を見てみると、この部屋沿いに小路地がのびているのがわかった。
「ふだんは道具の搬入なんかに使われてるらしい」
侵入通路くらいにはなったかもしれない。
「金庫にこじ開けられた形跡はなかった。おどして金庫を開けさせたところで、後ろから殴り倒して逃走っつー筋書きはたてられなくもないが……」
自分でいいながらまったく信じてなさそうなアレクがひとりごちる。
「―――― で、もう見終わったのか?」
「はい、見ました」
現場をひと通り確認し終えたふたりは、事務室をあとにした。
* * *
「ああいうのを身から出たサビっていうんだよ!」
裏方のケイトが威勢よく啖呵を切る。
「座長のくせに仕事ほっぽり出して、外で好き放題!おまけに酒グセが悪いせいであっちこっちで揉めごとを起こしてさ。誰に殴り殺されてたってあたしゃ驚かないね!」
息巻く遺体の第一発見者に、チャーリーはこまったようにへらりと笑った。
座長だけじゃないよ、とケイトがそばかす顔をしかめる。
「クレアだってそうさ。あのふたりが外でたててくる悪評のせいで、うちの劇団を観にくるお客さんがめっきり減っちまったんだ。先代が草場の陰で泣いてるさね。
―――― クレアはまだ見つかんないのかい?」
「鋭意捜索中だ」
「ここだけの話、あたしゃクレアがヤッたんじゃないかって思うよ」
「と、いいますと?」
「金欲しさにさ。クレアはよく座長にお小遣いをねだりにいってたからね。金庫の中身が空だったってことはそういうことだろ」
「事件当時、あんたは劇場の裏で作業をしていたんだったか?」
それとなくアレクが別の質問を投げかけた。
「ああ、ルーシーと芝居で使う布を洗ってたんだ。乾き終わった分を衣装部屋へ運んでたら、事務室の扉がめずらしく開いててさ。最近の座長はイライラしてることが多くて、そういう時は事務員を閉め出してひとりで酒盛りしてるから、扉はだいたい閉まってるんだ。それで気になってのぞいてみたら、頭から血出して倒れている座長をみつけたんだよ」
「ルーシー?」
「ルーシーは……ああほら、ちょうどあそこに」
ケイトが指した方向を見ると、すらりと背の高い女性が団員と話をしていた。
どちらかというと地味な、目立った特徴のない外見だが、姿勢の良い立ち姿に品の良さが出ている。
少し気になることのあったチャーリーはケイトにたずねた。
「ルーシーさんは役者なんですか?」
「ああ、そうさ。ルーシーは先代のひとり娘でね、あたしら古株にとっても娘みたいなもんだよ。よちよち歩きの頃から、舞台の上で女優のまねごとをしてたもんさ」
やわらかい表情で回想していたケイトの顔が、ふと暗くなる。
「
そのせいであの娘は看板女優の座をクレアに奪われちまった、とケイトは苦々しげにつぶやいた。
「今やってる『春ツバメのはばたき』だって、もとはルーシーが主人公だったんだよ。あれは先代が娘のために書きあげた創作劇だからね。クレアは演技も下手だしセリフも忘れてばっかだけど、ルーシーは一語一句おぼえてる」
ケイトはほこらしげに微笑んだ。
「昨日の公演も急な代役だったってのに、クレアがあけた穴を完璧に埋めて、本当にさすがだったね!」
「昨日も上演したんですか?」
チャーリーが仰天する。
殺人事件があったばかりだというのに、よく警察が許したなと思う。
「今回の事件で良くも悪くもうちは繁華街の注目の的なんだ。野次馬だろうと面白半分だろうと、こんな繁華街のはしまでわざわざ足を運ぶ客が大勢いる。この機を利用しないテはないだろう?」
ニヤリ、とケイトが悪い笑みを浮かべた。
どうやら夜になってから警察を閉め出したらしい。
「あのふたりにはさんざん辛酸をなめさせられてきたからね!これくらいの役にはたってもらわないと。昨晩は久々の満席だったし、今夜も上演するから、あんたたちも興味があればきとくれ!」
「おお……」
死んでもただでは転ばない。
まことに商魂たくましい。
清々しいまである姿にチャーリーが思わず拍手をおくると、後ろにいたアレクに「ぺしん」と頭をはたかれた。
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