第13話 魔法の言葉

「うるせぇ、あいつマジでうるせぇ」


片耳をおさえながらアレクがうなる。


「ほら~聞き耳なんてたてるから~!」

「遅かれ早かれこっちにも共有される情報なんだから、細けぇことはいいんだよ」

「いいんですかっ?」

「お前ら!まだこっちいたのか!」


ドカドカと声高に靴を鳴らして、犯罪捜査課のウィリアムが猛然とやってくる。

至近距離で上司の音波をくらって前後不覚になっていた新人クンもあわてて後を追ってきた。


「お前はまずその声量おとせ」


突然の大音声にザワつく周囲もアレクの苦言もおかまいなしに、ウィリアムがメンチを切る。


「特捜室がこんなところに長居たぁどういうアレだこら」

「どうもこうも、こっちも捜査だって何回いわせりゃ気がすむんだこら」

「お前らがいると現場でなにされてっかわかんねぇから、気が散ってこっちもアレなんだよっ」

「さっきからアレアレうるせぇんだよ、いいたいことまとめてから口ひらけやっ」

「お前らのためにオブラートにくるんでやってんだろこら!」

「お前のはオブラートじゃなくて語彙力の欠如っつーんだ!」

「あ?」

「あ?」

「…………」


(……アレクさんってこういうキャラだっけ?)


さっきまではこう、もう少し、醒めた感じだったような。

前置きのないチンピラムーブにひるむチャーリー。


ひたいがくっつかんばかりににらみ合うふたりを力なく見上げていると、


「ん?」

「ひえ」


ウィリアムと眼が合ってしまった。


「なんだ、このガキ?見たことねー顔だな」

「あ、ええと、あの、その……」

「今日付けで本庁から派遣されてきた、特捜室の職員だ」

「職員?こいつが?」

「まだひよっこだからな、当面は研修がてら雑務を担うことになってるんだよ。今は慣らしをかねて俺と外回りだ」


平然とウソ八百を並べ立てるアレクにチャーリーは声もでない。

そしてアレクは最後に魔法の言葉をとなえた。


「オリビアの後輩だ」

「なるほど」


途端にウィリアムがすべてを受け入れた。

そして脂汗を浮かべるチャーリーに向かって、


「オリビアちゃんは優秀だからな。お前も頑張れよ」


真顔でエールをおくった。


「あ、ありがとうございます……?」


何をどう「なるほど」されたのかは不明が、ビジュアルと中身がまったくかみ合わないオリビアと同類だと認識されたことだけはわかった。

複雑な胸中はそっとしまって、チャーリーはとりあえずへらりと笑っておくことにした。


* * *


ウィリアムにこれ以上かみつかれる前に撤退することを選んだアレクは、チャーリーを連れて殺害現場である事務室を訪れた。


チャーリーたちが部屋に足を踏み入れると、いっせいに警察関係者たちの視線が集まった。皆、眉をあげると、すぐにビミョーな表情になった。

「またきたのか」「何しにきた」といったような。


(なるほど、歓迎はされていない)


ただ、思いのほか悪意は感じなかった。

煙たがられている、といった方が正確なのかもしれない。

慣れた様子のアレクについてチャーリーも入室した。


* * *


さして広くない事務室は横に長い長方形の部屋だった。

右奥に座長と事務員の執務机と棚が配置され、手前の入り口付近には応接用の長椅子と足の低いテーブルが置いてある。

応接の空間と右奥を区分けるように敷かれた立派な絨毯の上には、大きなどす黒い血の痕が広がっていた。


「俺は少し話を聞いてくる。今のうちにいろいろ見とけ」


そういうと、アレクは顔見知りの鑑識係のもとへ行ってしまった。

渡された手袋を着用したチャーリーは、人の出入りのさまたげにならないよう横にのきつつ、室内全体をきょろきょろと見回した。


(とっ散らかった部屋だなぁ)


そんな印象だった。

ビラにチラシ、台本などが各所に積み上げられ、一部では雪崩をおこしている。

ガラクタなのか置物なのか判断のつかない小物たちはほこりをかぶっている。

酒気のまじる空気はよどんでおり、部屋の中をどこか息苦しくさせていた。

チャーリーは座長が倒れていたという絨毯の方へ近づいた。


血痕周辺の異物を確認していた鑑識係が、突然近くでしゃがみこんだ見知らぬ若者に、ギョッとする。


「どうも。自分、特捜室のもので、オリビアちゃ……オリビアさんの後輩になります。よろしくお願いします」


チャーリーが愛想良く挨拶すると、相手は「あーあいつか」みたいな顔になり、「こっちの邪魔だけはしないでくれよ」と言い残すと自分の作業に戻ってしまった。


(魔法の言葉おそるべし)


だがオリビア本人にはこのことは黙っておこう。

なんとなく、そう固く心に決めたチャーリーは、足もとの絨毯に眼をおとした。

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