第12話 聴取内容の報告

エントランスホールに入って最初にチャーリーの眼にとびこんできたのは、上演期間中の演目を紹介する看板だった。

装飾の強い書体で『春ツバメのはばたき』と描かれたタイトルと、それを囲うように描かれた登場人物たち。中でも大きく描かれているのは、透き通った笑顔の愛らしい女性主人公とそのそばを舞う春ツバメだ。


「その主役がクレアっつー劇団の看板女優だ」

「え」


この子どものように無邪気な美貌にあふれる女性が第一容疑者。


「ひとは見かけだけじゃわからないものですね……」


看板の下部に記載されたあらすじによれば、この劇は ―――― 貧しい純朴な少女が芝居に目覚め、苦難をのりこえて立派な女優に育っていき、春ツバメが渡って来る季節をむかえるごとに大人の女性へと、そして主演女優へと変貌を遂げていく ―――― というストーリーらしい。

特にひねりらしいひねりのない成長物語だが、王道はいつの時代も大衆に好まれるものだ。


(春ツバメは少女の成長の節目をあらわす、話の象徴みたいなものなのかな)


統一された配色、わかりやすい視線誘導、劇の世界がつたわってくる良い絵だ。

看板をながめながらチャーリーは口もとをほころばせた。


「絵ばっか見てねぇで、ちゃんとまわりも観察しろよ。どこにどんな手掛かりが残ってるかわかんねぇんだからな」

「あっ、はい」


アレクに言われて、チャーリーはホール全体に眼を向けた。

ここは劇場の入り口と、舞台と客席がある空間の入り口のあいだにある、待合広間だ。周囲では警察関係者が行き交っている。


「事件が起きたとみられるのは昨日の午前中。スワロウ座の座長で、ルスティカ小劇場の支配人であるハーヴィー=トンプソン、三十六歳が殺された」


アレクがチャーリーにしか聞こえない声で事件のあらましを説明する。


「意外と若いんですね」

「先代が病で急逝したらしい」

「なるほど」

「死因は頭部外傷 ―――― つまり後頭部を硬いもので殴られて死んだってことだ」


凶器は部屋にあった酒瓶とみられているが、指紋はふき取られていた。

第一発見者である団員が倒れている座長を見つけ、警察が到着した頃には息絶えていたとのこと。


「事件当時、トンプソン座長は仕事があるといって、ひとりで事務室にこもっていたらしい。劇場には他に関係者が何人かいたようだが、それぞれ持ち場におり、事務室には入っていないと話してる」


ホールのすみへゆっくりと移動しながらアレクは続けた。


「入ることはなくとも、事務室の前を通ることくらいはある。関係者のひとりが、クレアが事務室へ向かう姿を見たと証言してる」

「そしてそれ以来、誰もクレアさんを見ていないと」

「そういうこった」


うなずきながら、ホールの柱に背をあずけ、腕をくむ。

陰になる場所におちつかれると威圧感がいや増すばかりなのだが、とチャーリーは思わずにいられない。


「ええと、それじゃあ、自分はあっちの方を見てきま……」

「黙って聞いとけ」


柱の陰から出ていこうとする絵描きの首根っこをひっつかんで、アレクは人差し指を口もとにたてた。


(聞いとけ?)


すると柱の向こう側から話し声が聞こえてきた。


「おい新人!関係者の聴取はひととおり済んだか?」

「はい、だいたい聞けたと思いますっ」


アレクと同じくらい背の高い刑事に年若い刑事が報告をあげようとしていた。

これを聞くために移動したのか、とあきれて頭上のアレクを見るも、当人はどこ吹く風と瞑目している。


「いや~、やっぱトンプソン座長の評価は最悪ですね。団員への横柄な態度、若い女好き、常習的な深酒。酒場のツケを劇団の金で払っていたくせに給金未払い有り、と。先代の座長が積み上げた評価も信頼もぶち壊して、経営は火の車だったみたいです。聴取した関係者のだれもが口をそろえて『罰があたったんだ』といっています」

「そんだけやらかしてりゃ、そう思われても文句はいえねぇな」

「しかし、先代の生前は役者をしていたようで、好青年だったと」

「好青年だぁ?」


長身の刑事が胡乱な眼を向ける。


「後継者にトンプソンを指名したのは先代らしいんですが、その先代が亡くなってから態度が豹変したということです。こっちが素だったんでしょうね」

「見る目がなかったにしても、先代にしてみりゃあ死んでも死にきれねぇ話だな」

「最近では、この劇場を売り飛ばす計画をたてていたとかなんとか。関係者のあいだでウワサになってたみたいです。こちらの真偽のほどはまだ確認中ですが」

「で、クレアが逃げ込みそうな行先はわかったか?」

「寮と行きつけの賭場以外は、まだ特に。ただクレアは芝居の練習よりも賭けごとにご執心だったので、他の賭場につながりがないか調べています。かなり負けがこんでたみたいで、借金もかなりの総額でした」


ハッ、と背の高い刑事が皮肉たっぷりに鼻で笑う。


「どんなに顔が良くても、芝居も賭博も才能がなかったんじゃあどうしようもねーな」

「それがスワロウ座の評判に悪影響をあたえていたのは確かですね。客足もかなり遠のいてます」

「そこへきて、何者かに殺された座長と、行方不明の看板女優か。ボロボロだな、この劇団も」


まったくだ、チャーリーが心の中でうなずく。

聞いているだけでげんなりする。


「あと、例の衣装部屋の団員ですが」

「ああ、あの熊みたいなヤツ」


小さい手帳のページをめくりながら、新人刑事がわずかに眉をよせた。


「フランクリンという男なのですが、やっぱり少しきな臭いですね。彼は衣装と小道具の担当で、先代が劇団を引き継いだ頃から在籍している古参です。劇団の生き字引のような存在で、スワロウ座には強い思い入れがあるようです」

「スワロウ座を文字通り食い潰していた座長と看板女優には、さぞかし思うところがあっただろうな。劇団と劇場を守るため、邪魔なふたりをまとめて片づける策を考えたか……まあ、動機だけじゃ何ともいえんわな。そのフランクリンって野郎、事件当時のアリバイは?」

「ありません。その時間は衣装部屋でひとり作業をしていた、と。今のところ事件当時、劇場にいて且つアリバイがないのは、フランクリンだけです」

「ほう」


長身の刑事がなにか思わしげに顎をかるくなでた。

その眼がなにげなく柱の方へ向けられた、次の瞬間、


「あ―――!特捜室!!」


鼓膜をやぶりそうな大音量がチャーリーの脳天を突き抜けた。

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