2章 スワロウ座事件 ~春ツバメのしらせ~

第11話 鼻つまみもの

「あ、あのぅ……自分、警察ではないんですが、一緒に現場へついていっていいんでしょうか……?」


ボールドウィン室長とオリビアに見送られ、警察署を後にしたチャーリーは素朴すぎる疑問を口にした。

地下室と言う空間にしばらくいたせいか、頭の真上でさんさんとひかる春の太陽がまぶしく感じる。


「室長が良いっつってんだから良いんだよ。なんかあればあの人がなんとかするだろ」


まったく気にしていない調子でアレク。

あのちょび髭室長に全幅の信頼を寄せているのか、ふつうにどうでもいいと思っているのか、チャーリーには判断がつかなかった。


「でもこんな明らか素人みたいな人間、絶対へんだと思われますよ。現場で誰かにあやしまれたりしたら」

「誰かになんかいわれたらこういっときゃいいんだよ」


次いでさずけられた魔法の言葉に、チャーリーはなんともいえない顔で閉口した。


「おら、いくぞ坊主」


そういい残してアレクが歩き出す。

チャーリーはあわててアレクのあとを追った。

圧倒的身長差と足のストライドの違いのせいで、速足で歩かないとおいていかれそうになる。


(そういえば、「坊主」じゃないって訂正し損ねたな)


まあ、そう長く一緒にいるわけでもないだろうし、いいか。

チャーリーはそう思い直すことにした。


「ちなみに、これからどこへ?」

「ルスティカ小劇場。スワロウ座が拠点にしてる場所だ」

「スワロウ……ああ、座長が撲殺されたって新聞に載ってた、あの」

「そうだ。殺害現場だった事務室の金庫が荒らされていたことから、物取りの線もまだ残しているが、今んところ事件の第一容疑者は劇団の看板女優って女だ。事件以来、誰も姿を見ていない」


なるほど、わかりやすくあやしい。


「お前が描いた刻印しるしの女、とりあえずこの事件からあたってく」

「あの女の人はスワロウ座の女優さんなんですか?」

「知らん。直近でそれらしい事件がスワロウ座の一件ってだけだ」

「はあ…………あの、アレクさん」

「なんだ」

「ちょっとだけ気になったんですが、もしスワロウ座の事件が刻印の女の人と関係なかった場合、そしたらどうするんですか?」


アレクが首だけをめぐらせてチャーリーを見た。

その眼が「いいところに気づいたな」といっている。嫌な予感がした。


「他にめぼしい事件がなければ、わかってるとこから地道に手掛かりを探す。見つかるまで探す。必要ならウィンドナートの街をしらみつぶしに歩き回ることもある」

「ひえ」

「魔女の残滓ざんし捜査ってのはふつうの警察捜査と違って、死ぬほど原始的で、腹立つくらいわかりづれぇんだよ。おかげで同じ警察署内でも、他の部署からは『何をしてるか不明な得体の知れない部隊』扱いだ。これからいく現場でも歓迎はされねぇから覚悟しとけよ」

「…………」


ひくり、とチャーリーの口のはしがひきつった。


そうこうしているうちに二人はウィンドナートの繁華街区画へやってきた。

大小の商業施設が軒をつらねており、酒場や露店が昼の営業をしているため、昼といえどそれなりににぎやかだ。

はぐれないよう前方に注意を払いながら、チャーリーはアレクの背に向かって問いかけた。


「ところで ―――― 結局、自分はなにをすれば?」

「お前はカメラ役みたいなもんだ。署に戻ったら絵に起こしてもらうから、よく現場見とけ」

「なるほど」

「あとは、室長がいっていたように『あるべき姿でないものを探す』ことだな」

「な、なるほど……?」


出がけにボールドウィン室長からいい渡された言葉の意味が、チャーリーはまだいまひとつピンときていなかった。


(実際その場にいけばわかるものなのかな……?)


本来あるべき姿と違うもの、とはこれいかに。

内心頭をかかえながらチャーリーは人混みに押し流されないよう懸命にアレクを追った。


いくつかの通りを抜け、辻を曲がると、区画の端が見えてきた。

前をいくアレクが古い建物の前で足をとめる。

出入り口には見張りの制服警官がたっていた。


「着いたぞ」


ルスティカ小劇場は両開きの扉を広げ、新たな客の来訪を待ち受けているかのようだった。

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