第8話 こちら側
はたして、指をつめられどこかの川底に沈められる覚悟をしていたチャーリーが連れてこられたのは、ウィンドナート警察署であった。
しかもなぜか、目の前の物腰やわらかそうなちょび髭老紳士にあたたかいお茶まですすめられている。
「え、ええと……?」
「いやはや、突然こんなところへお連れしてしまってすみません」
ローテーブルをはさんで反対側の椅子に座る老紳士は、人の良さそうな微笑を浮かべた。
「こんなところ」とは、大量の書類棚に囲まれたこの倉庫のごとき地下室のことを指しているのだろう。
(なぜ地下……)
おかげで部屋へ案内されるまでのあいだ、地下牢にぶち込まれるのかと気が気ではなかった。
「君のお名前をうかがっても?」
「あ……ええと、チャーリーです。チャーリー=ヘイズ」
「良い名ですね。ではチャーリーくん、アルビオン警視庁特殊犯罪捜査室へようこそ。私はアーネスト=ボールドウィン、捜査室室長を拝命しています」
次いで少しはなれた執務机の方を示す。
このだだ広い部屋には仕切りらしい仕切りがないため、応接スペースと職務スペースが隣りあわせになっている。
「彼女はオリビア=ベイカーくん。この特捜室の事務をすべて担ってくれています」
「ハァイ、私のことはオリビアちゃんって呼んでちょうだい。いきなりこんなほこりっぽいところに連行しちゃって、ごめんなさいね~」
気持ちの良いウィンクをひとつとばす。
年端のいかない子どもにしか見えないオリビアが、自分よりも年上であると知った時の衝撃からまだ立ち直れていないチャーリーは、半笑いでこれに応じた。
「そしてあちらで不機嫌そうに座っているのが、アレクサンダー=ドーソンくんです」
「別に機嫌が悪いわけじゃないですよ」
「地顔がこわいだけよね~」
「うるせえ」
顔の造詣が整っているだけに威圧感が余計増しているともいえる。
「特捜室はこれで全員ですね」
「そ、それは……」
えらく人数が少ないような。
「そう。うちは事情があって、他の部署のように容易に人員を増やすことができなくてですね」
ボールドウィン室長が壁際に設置された掲示板の方へ歩み寄る。
「その『事情』がこれから話す本題なわけなのですが ―――― チャーリーくん」
おもむろに一枚の素描を掲示板に貼り付けた。
例の、昨日見た光景を描いた一枚だ。
「君は、アレクくんが魔女の
* * *
「魔女の……え……な、ひょ、ひょーい?」
いきなり飛んできたパワーワードの数々に眼を白黒させるチャーリー。
その様子に、ボールドウィン室長は「ふむ」と銀灰色の髭を指先でなでた。
「では質問を少し変えましょう。君は、そこの彼が、黒いもやのようなものにつつまれた青年と戦っているところを見ましたか?」
「あ、はい」
自分にも理解できる言葉に胸をなでおろすと、チャーリーは素直に首肯した。
「見ました……って、いや、そうはいっても自分が見たのはほんとに幻想みたいなものでして。あんなの、どう考えても自分の夢の産物だとしか……」
「なんで俺がお前の夢の中に出なきゃなんねぇんだよ」
「それはたしかに」
「ふっふっ、アレクくんとチャーリーくんの出会いが夢の中というのも、なかなかロマンチックだとは思いますが」
顔をしかめるアレクをよそに、室長は言葉を続けた。
「残念ながら、君が見た光景は夢ではありません。あれは歴とした魔法が生み出した空間と事象です」
「ま?…………ま、魔法っ!?」
「ええ、このように」
呪文もなく、ボールドウィン室長は差し出した手のひらにフゥッとほそい息を吹きかけると、オレンジ色の火がともった。
「ひえ!?」
「もちろん種も仕掛けもありませんよ」
「やっぱこいつ、こっち側の人間じゃねぇな」
「私やアレクくんの家名を聞いてまったく反応しなかったところをみるに、こちら側のことを知らないようではありますねぇ」
「か、家名?こちら側?」
おだやかな笑みをたたえて老紳士はこたえた。
「いわゆる『魔法使いの家柄』ということですよ」
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