第7話 出会いは突然に

「なんか気づいたか」


小劇場からの帰り道、人がごった返す市場の通りを進みながら、アレクは脱いだ背広の上着を片手に、隣を歩くオリビアにたずねた。


「なーんにも!」


手で扇のように自分をあおぎながらオリビア。

春の陽気も昼時になると汗ばむ程度に暑くなる。


「前もいったけど、そもそも正解がわからない状態で『魔女の残滓ざんし』が残した手掛かりに気づけってのが土台むりな話なのよ!答えが横に並べられてない間違い探しを解けっていってるようなもんじゃない」

「まあな……」


シャツの袖をまくりながらアレクは生返事を返した。


(現場に出ないオリビアに、普段と違う視点で捜してもらったらっつー室長の提案だったが……これはなしだな)


オリビアの主張はわかる。

特捜室の捜査は、ウィリアムたちのような通常の警察とはアプローチの仕方がまったく違う。

自分たちが追う事件を紐解く手掛かりが、普通の捜査手法では見つけられないものである以上、自力で捜すしかないのだが。


「……ん?」


市場を通り抜けたところで、ふとオリビアの姿が見えないことにアレクは気づいた。


「あいつ、またはぐれたな」


見た目は幼女、中身は(自称)淑女な同僚が、人混みに押し流される絵面が容易に浮かんだアレクはため息をついた。


(まあ、そのうちたどり着くだろ)


どうせ行き先は同じなのだ。雑踏の中に突入して、入れ違いになるのもバカらしい。

そう結論づけたアレクは近くにあった街灯に背をあずけた。


ふと視線を落とすと、街灯の下で絵描きらしき若者が店を開いていた。


(『写真の拡大承ります』……?)


「どんなうたい文句だ」と思ったが、見本として飾られた鉛筆画をみると、なるほど写真とみまごうばかりの緻密さである。


そんなメガネの絵描きは、現在風景スケッチに取り組んでいるようだった。

道行く人々、軽食を出す店先、陽をあびてきらめく噴水の水。

中央広場近くの景色だろうか。


感心するように上からのぞきこんでいたアレクの表情に緊張が走ったのは、絵描きがある一点を描きこんだ瞬間だった。


「―――― おい」


考えるより先に体が動いていた。


* * *


「おい」

「え」


手もとに大きな影が落ちたことをいぶかしんで、何気なくあげたチャーリーの顔が凍り付いた。


(ひえ)


大きい。この男、かなり背が高い。

上着を肩にかける片腕は筋張っており、一見細身にみえるが筋肉のしっかりついた体格をしている。

どこのどなたか存じないが、チャーリーなどひとくびりで息の根を止められてしまう。

というか顔が怖い。シンプルに怖い。

だらだらと冷や汗を流す絵描きに、しかし男は眼もくれずに要求を述べた。


「それ、見せてくれ。足もとのやつも全部だ」

「へ、へいっ」


すかさず習作をすべて差し出した。

舌がもつれてべらんめえ口調になったが、とにかくいわれた通りにする。

うっかり御仁の腰に下がる拳銃を見てしまったからに。


(な、なになに、一体なにがおきてるの?ていうかこの人だれ……!?)


受け取った素描を一枚一枚確認する男は険しい顔のまま、さきほどからひとことも発しない。


(む、無言こわ~、こわ~~……って、あ、あれ?あの、拳銃って……いや、あの顔って……)


チャーリーが思わず前のめりになりかけたその時、


「ちょっとアレク!勝手にさきさき進んでくんじゃないわよ!アタシを置いてくな!」


市場の人いきりをかき分けるようにして、丸々としたフォルムの女の子が飛び出してきた。


「なに?なに見てんのよ?」


大人顔負けの化粧をほどこした少女は、乱れた髪を手ぐしで直しながら、男の手もとをのぞきこんだ。


「見てみろ、ここ」

「ここ?」


示された一点を確認する少女のつぶらな眼が真円になったかと思うと、


「ちょっ……これって、まさか……!?」


男から素描をひったくり、紙の表面ぎりぎりまで鼻先を近づけた。

信じられないものを見るような表情。


なにやらあやしい雲行きに、チャーリーはそろりそろりと道具を片付けをはじめた。

このままここにいては、やっかいごとに巻き込まれそうな胸騒ぎがする。

どさくさにまぎれて逃げをうてないか、とささやかな期待を胸に、そっと前をうかがってみると、


「……っっ」


ばっちり男と眼があった。

習作の中から一枚の絵をわざわざチャーリーに見えるようにつまみ上げている。

昨日の不思議な光景のスケッチだ。

男のはしばみ色の眼が凶悪に光った。


「坊主。お前、昨日あの場所にいたな?」

「ひえ……!」

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