第6話 特捜室

時は数時間前にさかのぼる。


「なんっっで特捜室がここにいんだよ」


劇団スワロウ座が夜な夜な公演を披露する、ルスティカ小劇場。

繁華街のすみにたつ小さな劇場は、常であれば夜の公演に向けて裏方が少しずつ準備を進める時分だが、前日に座長殺害事件などというイレギュラーイベントが勃発したため、今は警察関係者がひっきりなしに出入りしていた。


劇場の事務室を出たところではち合わせした相手に、ウィンドナート警察署の刑事、ウィリアム=コールは息を吸うようにメンチを切った。


「スワロウ座の事件は俺ら犯罪捜査課のヤマだぞっっ」

「朝っぱらからうるせぇな、こっちも捜査なんだよそこのけや」


負けないガラの悪さでアレク=ドーソンがこれに応酬する。


「ここにゃお前らが捜してる変死体は転がってねーんだよ。体が内側からぶっとんだ上に全身わけのわからん紋様だらけの死体なんぞ、そうほいほい出てたまるかってんだ」

「毎度ひとこと余計なんだよ。ひとんとこを変死体あさる部隊みたいにいってんじゃねぇぞ」

「その通りだろうが」

「あ?」

「あ?」

「ちょっとアンタたち」


ひたいがくっつかんばかりにガンつけ合う男ふたりの上に涼しい声が落ちる。

腕を組んだ立ち姿のまま、声の主はふんっと鼻を鳴らした。


「そうしてると頭の悪いチンピラにしか見えないからいい加減にしなさいよね」


豊満な胸と腰回り、ばっちり決まったメイクに、ゆるふわショートボブ。

特徴だけ聞けば、いずこの花形女優かと言われんばかりの容姿だが、いかんせん身長が幼女ばりに小さい。

数年前に成人済みだが、長身の男ふたりのあいだに仁王立ちする姿は、さっそく大人にケンカを売る子どもの図であった。

ウィリアムがいわくいいがたい顔になる。


「なんでオリビアちゃんがここにいるんだよ」

「好きで連れてきたわけじゃねぇよ。お前んとこと違ってうちは万年人手不足だっつってんだろ」

「だからってテメェんとこの事務方を捜査にひっぱり出すバカがどこにいんだ!自由か!」

「ああっ?」


ふたたびにらみ合いに突入する男たちに、オリビアは「男ってバカなの?」と切り捨てた。


「あの~~」


いつのまに後ろにいたのか、若い青年が申し訳なさそうに挙手している。


「失礼ですが、おふたりはどちらの部署の方で……?」

「あら、もしかして新人クン?」

「あ、はい。この春からウィンドナート警察署の犯罪捜査課へ配属になりました」

「じゃあ、はじめましてね。アタシはオリビア=ベイカー。キミより年上だけど、オリビアちゃんって呼んでちょうだい」

「は、はあ……」


パチンとウィンクをとばされた新人クンはすでについていけていない。


「アタシと、あそこでキミの上司と角突き合わせているアイツは、特殊捜査室の人間よ」

「と、特殊捜査室……?あの、自分、不勉強ですみません。そういった部署がウィンドナートにあるとは知らなくて」

「あ~、気にしないで気にしないで」 パタパタと手を振りながらオリビア 

「ウチ立場がちょっと特殊でさ、そもそもウィンドナート署所属じゃないのよねー」

「え?」


正式名称『アルビオン警視庁特殊犯罪捜査室』。

アレクとオリビアが所属する機関は、その名の通り、アルビオン国の首都に本庁をおくアルビオン警視庁が編成する、特殊な事件を専門的に取り扱う部隊だ。

特殊捜査室はアルビオン各地の警察署に配置されているが、それぞれが警視庁直轄部隊であるため、地方自治体単位で組織される地方警察とは指示系統を異にする。


「ええと、つまり……?」

「アタシたちとキミらは基本的に一緒に捜査することはないってことね。まあ、現場ではなんだかんだいって、必要に応じて許される範囲で情報交換とかしてるけど」

「特殊な事件を専門的に扱うというのは……」

「それは、ヒ・ミ・ツ☆」


ニッコリと魅力的な笑みを浮かべるオリビアに、「はあ」と新人クンは狐につままれたような顔をした。


「おいコラ新人!」

「ぅあっ、はい!」

「くっちゃべってねーで周辺の聞き取り、続きいくぞ!ついてこい!」

「はい!」


ドカドカと機嫌の悪そうな足音をたてて出ていく上司のあとを追って、新米刑事は律儀に一礼を残すと劇場のエントランスへと消えていった。

遅れてやってきた不機嫌そうな同僚をオリビアは見上げた。


「あら、にらめっこはもういいの?」

「誰がにらめっこだ誰が」

「アンタとウィリアムくんって、ほんと仲いいんだか悪いんだかわかんないわよね」

「仲良くなんかねぇ、ただの腐れ縁だ」

「そういうとこよ」

「うるせぇ。おら、俺らも現場の方見にいくぞ」


そういうとアレクは、スワロウ座の座長が殺害されたという劇場の事務室の中へ足を踏み入れた。

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