第3話 夢のあと

絵描きの娘が目をさますと、冷たい朝露がたちこめる路地の石畳の上に倒れていた。


「あれ……私、なんでこんなところに……」


チャーリーは目をしばたたく。そして、


「はっ!カバン!!」


命よりも大切な道具が入ったカバンをあわてて確認した。

なにも盗まれていないことを確かめて、ほっと息をつく。


(ええと、それで、私はなんだってこんなところでごろ寝を…………あ)


昨晩の記憶が鮮明によみがえる。


「く、黒いもやがうごうご揺らめいて、銃で撃ちぬいてもビクともしなくて、槍っぽいなにかが雨みたいに降ってきて、極めつけにあの栗毛の人が大爆発して……!」


口にすればするほど、なにかトンデモネェものを見てしまった気しかしなくて、チャーリーは現場を再確認すべくガバッと振り向いた。しかし ――――――


「あれ?」


件の辻がどこにもない。

地面に刺さった槍もどきも、なにかが爆発した跡も、なにもない。


(つまり、あれは…………夢?)


夢にしては随分と臨場感あふれるシロモノではなかったか。


チャーリーは「うーん」と首をかしげた。

しかしいくら考えたところで、そこに昨晩の痕跡がなにも残っていないという事実に変わりはない。


「……夢か……夢か?……そうか……いや、それにしてもシュールな夢だな……」


ぶつぶつひとりごちながら、チャーリーはキャスケット帽に乱れた髪をおしこむと、カバンをもって朝の気配がする表通りへと足を向けた。


* * *


早朝のパン屋はすばらしく香ばしい香りであふれていた。


まばゆく輝く高級パンにうっかりヨダレを垂らしてしまわないよう、慎重に目をそらしながら、チャーリーは一番安い黒パンを手にとって進む。

残念ながらそのささやかな努力は、代金を支払おうと立ったカウンター越しからただよってくる焼き立てパンの匂いによって、腹の虫が大合唱すると言う結末で木っ端みじんに粉砕される。

真っ赤なチャーリーの顔を見たパン屋のおかみさんは、一拍おいて、ほがらかに笑い出した。


「立派な腹の虫だねぇ。腹が減ってるのかい?」

「いやあ、昨日の朝から何も食べてなくて……」

「そりゃあいけない。あんたみたいな年頃の子はしっかり食べて体を作らないと!

ほら、黒パンもう一個オマケしたげるよ」

「あ、ありがとうございます、ありがとうございます……!」


腹をグーグー鳴らしながら拝むように手を合わせるチャーリーに、おかみさんはけらけらと笑った。


「坊や、見たことない顔だね。新入りかい?」


少年といわれることに慣れているチャーリーは、特に訂正することなく、へらりと笑顔をみせた。

身なりもさることながら、時としてシビアな食事事情のせいで、女性らしい肉づきとは無縁なこの体形が、少年らしさを助長していることは重々承知している。


「はい、昨日街にきたばかりです。ウィンドナートははじめてなので、いろいろ見て回りたいと思っています」

「それじゃあ、しばらく街に?」

「長くはいられないと思いますけど、当面は」

「そうかい。ウィンドナートは大きな街ってわけじゃないけど、なかなかいいところだよ。あんたも気に入るといいね!」


おかみさんはそういって目もとをやわらかくにじませた。

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