第2話 銃と黒いもやの戦い

(あ、あれは、なに……?)


理解のまったくおよばない光景がチャーリーの眼前に広がっていた。


闇よりもなお暗いがけたてる砂煙のせいで、視界がひどくけぶる。

そんな中でも銃をかまえた男は、吹き付ける砂にかまわず、じりじりと相手との間合いをつめていた。


「———— めろ、これ以上 ———— ても、なにも救われねぇだろ!」

「―――― 何が ―――― あいつがどんな思いで ――――」

「これが ―――― 望んでいたこと ―――― か!」


ふたりは口論をしているようだった。

しかし、うなりをあげて巻き上がる砂と潮風のせいで、チャーリーはいくつも言葉を拾うことができない。


ふいに、もやにつつまれた男が片手を前にかざすと、自身を取り巻く風が勢いを増し、体が宙に浮いた。

後ろでまとめていた男の栗色がかった巻き毛が、ぶわりと広がる。


「チッ」


先に動いたのは銃をもった男だった。


ドンッ!

ドンッ!!


黒いもやが生み出す暴風を突き破って銃声が鳴り響く。


(ひ、ひえええっ)


チャーリーは息を呑んだ。


銃弾はたしかに栗毛の男の頭部と心臓付近をつらぬいたのに、男は悲鳴をあげることも、血を噴き出すこともなかった。


平然とする相手に、銃の男はいまいましげに舌打ちすると、ふたたび栗毛の男ともやに向かって弾丸を撃ち込む。

しかしそれは明確な的をもたない弾道に見えた。


反撃とばかりに栗毛の男が手を水平にすべらせた刹那、無数の槍のようなものが、天から銃の男をめがけて強襲する。


「――――っ!」


間一髪、すばやい身のこなしで飛びのいた銃の男は串刺しの刑をまぬがれた。

だが避けたところで、降りそそぐ槍もどきは止まらない。すぐさま次の攻撃が襲う。

よく見ると、槍の先端は見慣れない形状をしていた。より殺傷能力の高い凶器であることがうかがえる。

銃の男も負けじと応戦するが、やはり効果はない。


固唾をのみながら凄絶な攻防を見つめていたチャーリーは、ふとあることに気づいた。



(模様が ―――― あの栗毛の人の体、変な模様がどんどん広がっていってる……)



目をこらして黒いもやにおおわれた男の後姿を凝視する。

風にあおられまくれる上衣からのぞく皮膚という皮膚に、植物のような紋様が浮かんでいた。


(いつのまに?)


模様が体をめぐるほどに、あの暗黒の生き物は大きく、禍々しく、育っているような気さえする。


その時、小さな光がチャーリーの注意をとらえた。

うごめく闇色と荒ぶる砂風の合い間をぬうように、キラキラときらめく赤い光。


「――――なに?」


そうつぶやいたチャーリーの足もとが、次の瞬間大きく揺れた。


「…………っ!?」

「やめろ!!」


銃の男の声がおくれてチャーリーの耳に届いた。そして――――――



「もう――――もう、いいんだ」



栗毛の男のかぼそい声が、なぜかひときわ大きく響いた。

風がすべて止んだからだと、そのことにチャーリーが気づいたのは


――――ドッ!!!!


すべてが真白の中に飲みこまれた後のことだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る