第4話 星南家の秘密

 翌朝。

 神社の最寄り駅で待ち合わせた二人は、そのまま玉法神社へと徒歩で向かった。

 黒の半袖VネックTシャツにデニムという奏人。そして、白Tシャツにデニムワンピースという菜奈もまた、ラフな夏らしいスタイルで決めている。

 朝一番がどれくらいなのかよく分からなかった為、なるべく早めに向かうことにしたのだが、ほとんど眠ることが出来なかった二人の足取りは、かなり重い。

「結構、距離あるねぇ……」

 奏人の少し後ろで、スマホを見ながらうんざりしたように言う菜奈。それに対し、奏人はあくびをしながら答える。

「だからって、タクシー使うほどの距離じゃねえからな。このまま歩くぞ」

「そだね……」

「え、どうした?」

「何が?」

「いつもなら、暑いからタクシー使おう。とか言って来そうなところじゃん」

 後方をちらりと見る奏人。菜奈は、足早に奏人を追い抜くと、顔をしかめべーっと舌を出した。

「ったく、うっさいなー。寝不足でイライラするから話しかけないで」

「お前だろ……話しかけて来たのは」

 奏人が視線を逸らしながら呟く。と、突然、遠くから鈴の音がして二人は足を止めた。すかさず、少し先を歩いていた菜奈が踵を返し、奏人の腕に自らの腕を絡めた。

「ね、聞こえた?」

「ああ。今も聞こえてる……」

「い、急ごう! 星南」

「だな」

 意を決したように頷き合うと、二人は息を弾ませながら、走るように神社を目指したのだった。



 *

 *

 *



 それから、数十分後。

 やっと、目当ての神社に辿り着いた二人は、境内奥へと足を踏み入れた。

「この神社って、陰陽師と関係があるんだね」

 菜奈が、いくつか立て掛けられているのぼりを見ながら言った。

 この神社は、平安時代中期に創建され、安倍晴明によって神仏の来臨らいりんを願った場所であり、所縁ゆかりの地として有名だ。しかも、この界隈かいわいでは一番の古さをほこる。


( たしか、夢の中で男が何か呪文のようなものを唱えていたな。あれって、もしかして、陰陽道おんみょうどうと関係があるのかもしれない……)


 奏人は、そんなことを考えながら本堂手前で足を止めた。

「誰もいない神社ってのは、なんか寂しい感じがするなぁ……」

 境内を見回しながら、菜奈が不安そうに呟く。奏人も同じ思いだったが、それを悟られまいとわざと明るく振舞ふるまった。

「大丈夫。化け物も、お前みたいな口うるさい女には寄り付かないだろうから」

「なっ、いちいちそういうこと言うのやめてくれない?」

「元気出たじゃん」

「ぬぅ。あんたってほんとムカつく……」

 ふんっと、明後日の方向を見遣みやる菜奈を横目に、奏人は苦笑をこぼした。

 その時だった。

 突然、辺りにきりが立ち込め、一瞬だが突風が吹き荒れた。異様いような雰囲気に、菜奈がおびえて奏人の胸元に飛び込んでいく。

「ななな、何?! さっきまで晴れてたのにぃ……」

 奏斗は、前方からやってくる和装の男を目でとらえながら、すがりついてくる菜奈の肩を優しく抱き寄せた。

「来たみたいだぞ。あれじゃねえか」

「え……」

 顔を上げ、ゆっくりと後方を振り返る菜奈。男を見つけるや否や、今度は奏人の腕をすり抜け、その背中を盾にするようにしてまたチラリと男を見遣みやった。

「お祖父じいさんじゃないじゃん。あれ、誰?」

「俺も知らない。けど、どこかで会ったことがあるような気がする」

 奏人たちと同世代だろうか。長身で、藍色の直垂姿ひたたれすがたが様になっており、総髪そうはつと呼ばれる、長い黒髪を頭頂で束ね、後ろへなでつけて垂らした髪型も古風さをかもし出している。

 男は、警戒けいかいし続ける二人の前まで歩み寄ると、薄らと微笑み静かに口を開いた。

「……また、えたな」

 無邪気な笑顔。涼やかな優しい声に、二人は一瞬、ぽかんとしてしまう。が、すぐに気を取り直し、奏人は更に菜奈をかばうようにして男を睨みつける。

「どういう意味だ。あんた誰なんだ」

「我の名は、たちばな惣次郎そうじろう其方そなたらの先祖と所縁ゆかりのある者、とでもうておくか」

「はあぁ?!」

 惣次郎の一言に、二人はほぼ同時に驚愕の声を発した。そうなってしまうのも無理はない。概念がいねんというものをくつがえされてしまったのだから。

此度こたびもまた、われ才知さいちでお主らを守る所存しょぞんじゃ」


(マジかよ、わっけ分かんねぇ。何なんだこの展開……。)



 *

 *

 *



 その後、二人は惣次郎と共に祖父の家へと出向き、雄一郎ゆういちろうから星南家の歴史を知らされることとなった。

 出逢って間もない、橘 惣次郎という男は、平安時代に安倍晴明たちと共に悪鬼と戦い、傷ついた同志らを癒していたとされる呪禁師じゅごんしであること。

 星南家の先祖、武一郎が惣次郎を庇って命を落としたことにより、惣次郎は未来永劫みらいえいごう、武一郎の子孫たちを守る為、魔と契約けいやくを結んだこと。

 そして、この現代によみがえりつつある悪鬼や妖たちを相手に出来るのは、妖の王と戦った導かれし者たちの子孫であること。

 鈴の音が聞こえた奏人たちと同じように、今頃は、全国に散らばっているであろう仲間たちも困惑状態にあるだろうことなど。

 今の奏人たちには、どれも信じがたいことであった。が、普段は冗談好きな雄一郎の、ド真剣な眼差しを前にして、その話の全てを信じるほかなかった。

「良いか、奏人。この現代によみがえったあやかしどもを再び闇へとす為、惣次郎らと共に戦い、水晶玉を守り通すこと。それが、星南家に生まれたお前の天命だと思え」

「……俺の、天命?」

「代々、受け継がれてきた武勇伝が孫の代で、真実だったと分かっただけでもどえらいことだが。しっかし、羨ましいのぉ」

「何が?」

「お前がだ、奏人」

 雄一郎特有の、かっかっかっと、いうコミカルな笑い。奏人と菜奈が顔を見合わせ、苦笑し合う。

「ガキの頃にしてくれてた話って、マジ話だったのかよ……」

「わしも、こうして惣次郎と会うまでは半信半疑だったが。お前たち父子に剣の道を説いてきたのは、この日を迎えることを前提に考えていたからだ」

 雄一郎は、深い溜息ためいきをこぼし、すぐに真顔でさっきの続きとばかりにおごそかに口を開く。

「まずは、片翼かたよくの鳥だな。あとは、惣次郎にまかせる」

 一通り話し終えたのか、すぐそば縁側えんがわへと向かい、まぶしげに青空を見遣みやった。

「片翼の妖は男じゃ。天へと昇るため、もう一つの、つまり妻を探し続けておる。菜奈殿もねらわれるかも知れぬゆえ、用心せねばなるまい」

 惣次郎は、そう言って大きな紫色の風呂敷包をテーブルの上に置き、するするとほどいていく。中からは日本刀が現れ、奏人と菜奈に一刀ずつ手渡した。

「これは、魔真剣ましんけんじゃ。常に、肌身離さず持っているがよい」

「お、重っ。私にも?」

「菜奈殿も、選ばれし者のようだからな」

「私、本物はまだ扱ったことがないし、今後も扱うつもりはないんだけど……」

「案ずるな。それは、其方らの想いに同調する」

 それこそ、意味が分からない。二人は同時に頭を捻った。刀が自分たちに合わせてくれるとでもいうのだろうか。

「あのさ、肌身離さずっていうけど……こんなの持って外歩けないでしょ」

 そう、菜奈がつぶやいた。途端、菜奈の手にしていた刀がスマホほどの大きさに変化した。

「ど、どうなってんの!?」

「言うたはずじゃ。其方らの思いに同調すると」

「じゃあ、私がまた元の大きさに戻したくなったら、その通りになるってこと? なんか、魔法みたい……」

 呆気に取られたままの菜奈の隣、奏人もまた刀を見つめる。と、今度はキーケースくらいになり、唖然あぜんとしたまま開いた口がふさがらない状態である。

「ならば、参ろうか。妖退治に」

 やる気満々で立ち上がる惣次郎に、奏人も菜奈も、げんなりとしながら溜息ためいきをこぼした。

「まだ頭ん中消化出来てねーけど、行くしかねぇか」

「そうね。こんなのアリ? って感じだけど……」

 摩訶不思議まかふしぎで、奇想天外きそうてんがいな。いつもと変わりない現実リアルの中で、妖たちにいどむ奏人たちを待ち受けている試練しれんとはどのようなものなのか。

「ちょい待ち。そうちゃん、まさかその恰好かっこうのままで外を出歩くなんてことはないよね?」

 菜奈からじとーっとした目で見られ、惣次郎はほんの少し考えると、満面の笑顔で答えた。

「このまま行くに決まって……」

「だぁーめ! 絶対に着替えてもらうからね。帰りの電車の中で、超ぉぉ恥かいたの忘れたの?! 何あれ、コスプレ? とか、ヒソヒソ言われてたじゃん! あと、その髪型も現代いま風にしてもらうから」

 菜奈は、惣次郎を半ば強引に座布団へ座らせ、奏人を指さす。

「服は彼に貸してもらって! 星南、惣ちゃんに何かよろしく」

「分かってるって……」

 そんな三人を見て、雄一郎が高らかに笑う。それにつられて、惣次郎も楽しげに笑った。


(ま、いっか。なるようになるよな。そう思わねーと、やってらんねぇ。)


 奏人は、笑いごとじゃない。と、笑顔をひきつらせる菜奈を見つめながら、雄一郎の言葉を思い返していた。

 これから、どんな未来が待っていたとしても、必ず菜奈を守りぬいてみせる。菜奈の笑顔を守ることが出来るのは、自分しかいない。

 期待と不安が綯交ないまぜになるなか、自らの天命とやらに向き合う覚悟かくごを決めたのだった。




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