第3話 鈴の音に導かれて②

 あれから、奏人たちは祐輔から手料理を持てなされ、二人のラブラブぶりを見せつけられることとなった。

 そんな二人とは裏腹に、奏人と菜奈だけは気の置けない時間を過ごしていた。

 それぞれが帰宅してからも、鈴の音が聞こえることはなかったが、その代わり、不思議な夢に悩まされることとなってしまったのである。



 暗闇くらやみの中。それは時代劇のセットのような場所で、見知らぬ和装の男女が、鬼のような形相ぎょうそうの人間たちと対峙たいじする。と、いうもの。

 誰しも、平安時代を舞台にした時代劇などで目にしたことがあるのではないだろうか。藍色あいいろ直垂姿ひたたれすがたの男と、鎧直垂姿よろいひたたれすがたの男は、侍烏帽子さむらいえぼしという、武士達が好んで使用していた折烏帽子おりえぼしといわれる、もとどり巾子形こじがた部分のみを残し、他の部分を折って平たくした帽子を被り、腰元には二刀ずつたずさえられている。

 つまり、髻とは髪を頭の上に集めて束ねた部分をいい、巾子形とは髻を収める突出部分をいう。

急急如律きゅうきゅうにょりつ……」

 直垂姿の男が手印を結んだ。刹那せつな、周辺全てがまるで時が止まってしまったかのように変化した。そんな中を、彼らは息を弾ませながら砂利道じゃりみちを駆けていく。

 小道を抜け、路地裏へと逃げこんだ。その矢先、悪鬼あっきたちに追い込まれてしまう。

 これは夢か。あいつらはいったい誰なんだ?!

 これは夢だよね。なんで私がこんな不気味な夢を見なきゃいけないの!?

 奏人と菜奈は、客観的に彼らを見守ることしかできないでいる。

 彼らが、周りにいるすべての悪鬼あっきを倒し終えると、直垂姿の男が九字を唱えながら両手で剣印を結んだ。

白虎びゃっこ朱雀すざく玄武げんぶ勾陳こうちん帝台ていきゅう文王ぶんおう三台さんたい玉女ぎょくにょ青龍せいりゅう急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」

 静寂のなか、低く堂々たる声が響き渡る。それにより、横たわっていたあやかしどもが一斉に白い煙となって天昇した。

「次、くぞ」

 直垂姿の男が囁くように言ってまた足早に駆けゆく。と、鎧直垂姿の男と着物姿の女はうなづいて、その後に続いた。

 そんな彼らを俯瞰ふかんしながら、二人はようやくその奇妙な夢から覚めることが出来たのだった。



 *

 *

 *



 一学期 終業式


 翌日。無事に終業式を済ませた二人は、教室にて、一学期最後のホームルームを迎えている。

「と、いうわけで、夏休み期間中も気をゆるめ過ぎないように」

 担任の青島が、最後に生徒たちの気を引き締めてホームルームを終える。と、誰からともなく教室を後にしていく。が、奏人だけは違っていた。


(どうすっかな。昨夜の夢のこと、菜奈あいつに話した方がいいよな……)


 いまだ、座ったまま憂鬱ゆううつそうに考え込んでいた。そのとき、自分を呼ぶ菜奈の声にハッとして思わず席を立ち、奏人はすぐにバッグを持って、ドア付近にいる菜奈のほうへと歩み寄って行った。

「どうした?」

「あ、あのさ……。ちょっと、話したいことがあるんだけど」

 そう言って、うつむく菜奈の顔は少し青ざめて見える。

「ちょうど良かった。俺も、お前に話したいことがあったんだ……」

 なんとなく、この先を話さなくても二人には暗黙あんもく了解りょうかいとでもいうか。ぎこちなく、クラスメートたちに別れの挨拶をして、奏人は菜奈と共に玄関へと急いだ。

 下駄箱にて履き替えを済ませ、また並んで校舎を後にする。と、菜奈はこれ以上は待ちきれないとでもいうかのように、周りを見回しながら声を潜めた。

「じつはね、昨夜変な夢を見たんだよね」

「それって、もしかして……和装した奴らが、鬼みたいなのと戦ってる夢?」

「え、なんで……?!」

 驚愕きょうがくからか、菜奈はいったん歩みを止め、その場に立ち尽くした。

「俺も、同じ夢を見たんだ。昨夜」

「そんなことって、あり得なくない? 誰かと同じ夢を見るなんて……」

 またゆっくりと歩きだしながら、お互いに夢の中での話を確認し始める。二人が同じ夢を見ることはもちろん、現代ではあり得ないことばかりだった。

「これって、私たちの前世とかってオチなんじゃない? 正直、その手の話は信じていないんだけど」

「それもアリかもな。でも、そんな単純なものではない気がする……」

「ちょっと、やめてよね。その、似合わない顔……」

「って、どんな顔だよ」

「怖くなるでしょ。そんな真顔で言われたら」

 不安げに俯く菜奈に、何か声を掛けようとして、奏人もまた小さくため息をつきながら俯いた。

 しばらく無言で歩き始めて間もなく、最寄り駅を目の前に聞きなれた声がして、奏人はそちらを見遣みやった。

「奏人! こっちよ、こっち!」

「和子おばさん?」

 少し呆気に取られている奏人の隣、菜奈はこちらへ駆け寄って来る奏斗の伯母おばに、ぎこちなくお辞儀をした。

「あら、奏人の彼女?」と、にこやかに言う和子に、二人は、「違う!」と、同時に反論する。

「なぁんだ、違うの?」

「それより、どうしたの? こんなところで」

「どうもこうもないわよ!」

 可憐かれんな梅の花があしらわれた着物姿の和子が、二人の前で軽く会釈をするように項垂うなだれた。

 少しふくよかで、長い髪を一つに結わいた優し気な雰囲気のこの女性は、奏人の伯母で、祖父の雄一郎と同居している。

「これから、あんたんとこへ行くところだったんだけど、ここで会えたのはラッキーだったわ。なんか分からないんだけどね、あんたにこれを渡してくれって、お父さんから頼まれたのよ」

「じーちゃんから……」

「郵送でいいか尋ねようとしたら、今すぐ持っていけって言われちゃってさ」

 奏人は、げんなりとした様子の和子から手紙のようなものを受け取り、早速それを開封しようとして、「確かに渡したからね。じゃあね」と、いそいそと駅へ戻って行く和子を見送った。

「あんたんとこのおばさんって古風だね。普段から着物着てるの?」

「いや、きっとこれから友達と歌舞伎でも観に行くんじゃね」

「あー、なるほど」

「それより、コレ……だよな」

 奏人は今度こそ祖父である、星南雄一郎ほしなゆういちろうからの手紙とやらを開封する。と、和紙で作られた便箋びんせんに、こう書かれてあった。

「……明日、朝一番で三上菜奈と共に五方山玉法神社へ来られたし?」

「これだけ? っていうか、なんで私まで一緒に行かなきゃいけないのよ」

「俺だって知らねえよ……」

「それに、たった一言の為にわざわざ手渡しなんて。メールか電話でいいじゃんね」

 眉間にしわを寄せながら考え込む奏人のとなり、菜奈があきれながら呟いた。

 それでも、こうしなければならない理由があったに違いない。そう、奏斗は思い直し、手紙をバッグの中へとしまいこんだ。



 *

 *

 *



 それから、二人は明朝7時に神社の最寄り駅で待ち合わせの約束をし、奏人は菜奈につきそい、家へと向かうことにした。

 どういう訳か、雄一郎からの手紙を読んでから、不思議な感覚にとらわれ始め、知っている場所のはずなのに、まるで、知らない街に迷い込んだかのような不安を覚えたからだった。

「……なんか、星南に送って貰ってるなんて。あり得ないんだけど」

 大通りを抜け、狭い路地裏を歩きながら、菜奈がぽつりと言う。と、少し前を歩いていた奏人も嫌そうに口を開いた。

「それはこっちのセリフだっつーの」

「じゃあ、もうここまででいいから。あんたもさっさと帰りなさいよ」

 菜奈の、少し不貞腐ふてくされたような声がして、奏人は歩みを止め振り返る。

「あのさ、なんか怖いから家まで送れって言ったのそっちだろ」

「だから、もういいって言ってるの! そこの角を曲がって真っ直ぐ行けばもう着くし」

「ったく、いい加減にしろよな……」

 軽く悪態をつくも、いつもとは明らかに違う不安そうな菜奈を放ってはおけない。そう思い、今度は奏人のほうから家まで送ると言い聞かせた。

「三上に何かあったら、困るんだよ。だから、今は俺の言うことを聞いておけ」

「なによ。えっらそうに……」

 菜奈がムッとしながら言い返した。そのとき、再び鈴の音が聴こえ、二人して同時に距離をつめ合う。

「え、マジ? また?」と、言って菜奈が奏人の腕に手を伸ばす。奏人も、辺りを見回しながら、菜奈を壁沿いに庇うようにして立ちはだかった。

「なんかあるな。やっぱ」

「ねぇ、なんで? どうして私たちだけ」

「だから、俺に聞くなって! 俺だって訳わかんねえんだからさ」

「や、やっぱ……家まで送ってって」

 観念したのか、怖さのほうが勝ったのか。菜奈は奏人の腕に自分の腕を絡ませ、半ば引きずるようにして歩き始める。


( 最初っから、そうゆうふうに素直になってれば可愛いのに。こいつ……)


 この鈴の音の正体は何なのか。どうして、自分たちだけに聞こえてしまうのか。奏人は、言い知れぬ不安を抱きつつも、腕から伝わる菜奈の微熱を感じながら心の中でのみ呟いた。



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