第2話 鈴の音に導かれて①


 二人を見送り、どんよりと重い足取りでリビングへ戻る。と、ソファーに寝そべるようにして腰かけたままの、奏人お得意の人を見下すような視線と目が合う。

「気が利かねぇな。相変わらず」

「だって、星南と二人きりなんて嫌だったんだもん」

 菜奈が視線を逸らしながら言い返した。反応がない。いつもなら、食い気味に「こっちこそ!」などと、言ってくるというのに。

 それが気になった菜奈は、いやいやながらも目線を奏人へと移した。奏人は怒っているような、でもどこか寂し気な表情で俯いている。

「……そんなに嫌かよ。俺のこと」

「正直、大嫌い。ひねくれすぎてて、出来れば関わりたくないって感じ」

「悪かったな。性格なんだからしょうがねぇだろ」

「ほら、そうやってすぐに開き直ってさー。カッコ悪いったらないよね!」

「つーかさ、お前には一生伝わんねーよな」

 語気強く、吐き捨てるように言う奏人の、これまでに見たことのないへこんだ顔を目にして、菜奈は軽くたじろいでしまう。

「一生伝わらないって、何がよ」

「俺の気持ちが」

「え……?」

「三上に分かる日なんて来ないっつってんの」

「何それ、意味わかんない」

 なぜ、奏人がそんなことを言って来たのか理解出来なかった。ただ、戸惑いや焦りから、それが顔に出てしまっていることは、自分でも気づいていた。

「……俺も。自分で何言ってんだかわかんね」

 ただ、初めて見る少し悲し気な表情かおを前に、何となく菜奈の中で奏人へのイメージが少しずつ変わっていき、

「星南……。さっきは、ごめん。ちょっと言いすぎた……」

 菜奈は、初めて自分から頭を下げた。それでも、奏人は更にふさぎ込むように俯いていく。

「ちょ、悪かったって謝ってるでしょ……」

 声を掛けながら、ゆっくりと奏人のほうへ歩み寄る。と、奏人が何かを呟いた気がして、顔をのぞき込もうとした。途端とたん、突然、腕を取られた菜奈は、思わずおどろ後退あとじさった。

「な、何すんのよ!」

「しっ!」

 そして、どういうわけか奏人に引き寄せられ、菜奈はバランスを崩し、コケるようにして膝からソファーにくずおれる。

「は、離してよ! 星南っ」

「なぁ、聞こえないか?」

「何が!?」

「鈴の音が……」

 眉間みけんしわを寄せながら周りを見る奏人の声は、微かにふるえている。菜奈は、訳が分からないまま抵抗し続けるも、次の瞬間、遠くでチリーンという鈴の音が聞こえたような気がして、もう片方の手で奏人のシャツを掴み胸元にしがみついた。

「今、なんか不気味ぶきみな音がしたんだけど……」

「三上にも聞こえるのか? 聞こえたんだな!?」

「ちょ、星南! とにかくこの手を離してってば!」

「あ、ごめ……って、離せてないのはそっちだろ」

「え? あ、ごめんっ」

 お互いに急いで距離を置く。いまだ警戒するように辺りを見回している奏人が気になり、菜奈も耳を澄ましてみる。と、今度はさっきよりも強く、直接脳に響いてきたことに微かな恐怖を覚えた。

「……なんなの、これ」

 菜奈が声をひそめながら尋ねた。次の瞬間、二人の脳内で響いていた鈴の音がピタリと止んだ。

「俺だけじゃなかったんだ。なんか、少し安心した……」

「それ、どういう意味?」

「俺にもよく分からないんだけどさ……」

 昨晩。それは、奏人がいつものように父母と夕飯を済ませ、自分の部屋へ戻って間もなく。ベッド脇の壁に寄りかかりながらスマホを見ていた時だった。

 チリーンと、微かな鈴の音がして、その時は隣の家が風鈴でも出したのだろう。と、思って特に気にも留めていなかったのだが、二度、三度と少しずつだが近づいてきていることに恐怖を覚えた奏人は、階下にいる父母のところへ行き、その鈴の音のことを切り出した。

「だけど、親父たちには聞こえないらしくて……それで、耳鳴りか何かだって割り切るようにしたら、すぐに止んだっつーか」

「なにそれ、こわっ……」

「でも、三上にも聞こえたんだろ? 今の」

「う、うん。あんたと同じ音かは分からないけど……」

 菜奈が、少し引き気味に呟く。と、奏人は何かを考えるかのようにして、おもむろに立ち上がり、キッチンのほうへと向かうと、冷蔵庫から麦茶のペットボトルを取り出してコップ半分ぐらいまで注ぎ、それを一気に飲み干した。

「あんた、どこまで自由なの?」

 菜奈が、呆れたように言った。

「だから、ここは俺の家も同然なの。親父さんたちの許可は貰ってるんだって」

「それにしたって、遠慮えんりょってものがないのかな。この人マジで」

「それよりさ、ちょっと付き合ってもらいたいところがあるんだけど」

「付き合うって、どこに?」

「俺のじーちゃん

 真顔で返してくる奏人に、菜奈は呆気に取られたまま。

「はぁ? なんで、私があんたのお祖父じいさんところへ行かなきゃいけないのよ」

「ガキの頃、じーちゃんからやべぇ話を聞いたことがあってさ。それが本当なら、三上にも関係あるんじゃないかと思って」

「ますます分かんない。もう、どういうことだかちゃんと説明して」

 さっきまでのおちゃらけた雰囲気はどこへやら。おごそかに瞳を細めたままだまり込む奏人と、不機嫌ふきげんそうに眉をひそめる菜奈。

 

 この時の二人は、まだ知らなかった。

 生まれながらに背負っていた、お互いの天命というものを。


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