再会

ゆーしん

 


                                  


 自宅への帰り道には、街路樹として植えられた桜の木が、見頃を迎えている。

 「桜って、接ぎ木で増やすことが多いから、みんなほぼ同じ遺伝子を持っていて、それで日本中のソメイヨシノが、同じタイミングで一斉に花開くんですよ」


 会社の後輩が、雑談の中でそんなことを言っていた気がする。名前通りのスカイブルーの空に、淡いピンクの花弁が雪のように舞う姿は、確かに綺麗だが、時々あの頃の記憶が想起されるようで、個人的には花の中でも嫌いな部類に入る。

 不意に強い風が吹き付けて、それまで優雅に舞っていただけの花弁が、僕目がけて一斉に襲い掛かってくる。やはり桜の下で長居は無用だ。

いつもより少しだけ速く歩いた。

(以下、回想)



**********************************************************************

 あの頃は、一日中遊び倒して過ごすことが多かった。

もちろん当時中学生だった僕には、部活とか課題とか、他にやるべきことがたくさんあったのだろうが、なぜか遊び以外の記憶が僕にはほとんどなく、漫画を立ち読みしたブックオフとか、そういうものばっかりが脳裏に焼き付いている。


「遅いよーこれで三回目だよ?遅刻すんの」


ブックオフとセットで思い出されたのが、先程の「嫌な記憶」の原因であり、忘れることのできない、幼馴染の声だった。

学校全体で男女のイチャコラに敏感だった当時、僕と彼女の関係が学校の奴らに知られていなかったのは幸運だった。とはいえ、僕たちは付き合っていたわけではなかった。ここで申しあげておくが、「彼女」というのは幼馴染を指す指示語であり、「恋人」の意ではない。

彼女は、学校では無口な方で、正直言ってスクールカースト的にはかなり下の方だったように思う。いわゆる草食系男子、いや草食系女子だ。しかし僕の前では心を許しているのか口数も自然と増え、かなり活発な印象を覚えたのが本音だ。

それからは、特筆することもなく、日常としか形容できない日々が続いた。学校で授業を受けて、休日は家でゲームして、そしてときたま、彼女と会って。





 それから月日は流れ、僕は高校生になった。少し驚いたことに、彼女も同じ高校に入学していた。しかしこの学校はアクセスもいいし、僕らの中学校からもそう遠くはなかったので、よく考えたら当たり前のことだ。それでも以前に比べて会う頻度は目に見えて減り、月に一度、三カ月に一度、と少なくなっていったが、大学受験を引き金に、ついに僕らの関係は終わりを迎えた。正確には、連絡がとれなくなったのだ。僕らはいつでも互いに徒歩圏内にいたので、返信を待つより早い、ということでいつも会話は対面で済ませてしまっていて、連絡先すら交換していなかった。

その日からは、習慣だった買い食いもやめ、マラソンと称して近所を走りまくった。もちろん、もしかしたら彼女に出会えるかもしれないという淡い期待を込めて。すでに四月も終盤に入り、町を桜吹雪が飛び始めていた。しかし、唯一わかったことは、ローファーは走るのに不向きであること、そして彼女には二度と会えないだろうということだった。




もちろんこんな話は、その辺をつつけば出てくるようなありきたりな話だ。何なら、こういう話をドラマかなんかで見た気がしないでもない。だが、僕にはあの日町じゅうに咲き誇っていた桜が、僕を嘲笑っている気がしてならなかったのだ。





  過去を思い返してもろくな事がない。僕は未来に向かって進む必要がある。近い未来で言えば、これから夕飯を自炊し、たまった洗濯物を明日までに乾かし、ついでに夜のうちにゴミ出しもしなければならない。一人暮らしというのは、帰宅してからが本番、と聞いたことがある。疲労で痺れた体を動かし、自宅マンションの階段を登る。

えーっと、十二号室十二号室……あった。


不意に、ドアにかけた手が止まった。

「あれ、もしかして菅野君?」

その声は、今まで聞いたどの声よりも懐かしくて、どの人よりもはっきりと記憶に残っている……僕の幼馴染。

「え?」

空を見上げる。すでにもう暗くなっている。再び彼女を見る。いわゆる「二度見」だ。

「ウソ、同じマンションだったの」

「あの、その、何というか……久しぶり」

「ひ、久しぶり……」

互いに困惑しているのが、言葉づかいからわかる。

先に沈黙を破ったのは、彼女のほうだった。

「あ、そういえば私今日は給料日で、奮発して食材買いすぎちゃったから、よかったら夜ゴハン食べていかない?」

「え、いいの、ありがとう」

さっきも書いたが今日は疲れているのだ。こういう時はありがたく頂くことにしよう。



 

「どうぞいらっしゃい、上がって上がって」

彼女は僕の部屋より三階ほど上の四号室に住んでいた。

「最近リフォームしたばっかだけど、ゆっくりしていってね」

溶き卵の入ったボウルを片手に台所から彼女が顔を出した。どうやらもう料理を始めたらしい。

 確かに、ドアノブが新しいものに取り換えられていたり、部屋の隅のフローリングが一部張り替えられていたり、リフォームした跡がぼちぼち見受けられる。

 「お待たせー」

しばらくして、彼女が完成した料理を持って現れた。

 「チキンとシーフードのツインカレーと、ミモザサラダのセットでーす」

 少し芝居じみた表情で、テーブルの上に料理が並べられていく。

「大丈夫?……その傷」

皿を置く彼女の左手に、正確は左手首に、十字の切り傷があるのが分かった。

「あぁ、これ?この間仕事中にカッターで、手が滑って、ね」

 そう言う彼女の顔は、少しだけ暗かった。

  

 それにしても、今日は招かれたとはいえ、このままで食べて帰るのでは気まずいことこの上ない。せめてお礼だけでも言っておこう。

「今日はありが……」

そこに彼女はいなかった。

 





 


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