第69話 エイリアンの指揮官との決着

 室内に冷気が薄い煙となって広がっていた。

 ようやく頭がはっきりしてきた俺――朱宇は、恐る恐る台座の影から覗き込んだ。


「は……っ!?」


 思わず息を呑んだ。驚きに揺れる瞳に映ったものは、壁を穿つ弾痕に突き刺さったガラス片。床にもそのガラスの破片が散らばっていて、ブレイドで引き裂かれた跡やプラズマで溶けた傷が目立つ。そんな凄惨な光景の中に赤く汚れたグレーのアーマーが沈んでいた。


「マリーさん……!」


 脇目も振らずに駆け寄る。


 ウソだ! これじゃ母さんの時と同じじゃねぇか……やだ、死なないで、マリーさん……。


半分凍った血だまりに膝を突き、すがりつくようにマリーさんの身体を揺さぶった。


「やだ……こんなの……マリーさん……!」

「――……して……」

「え?」


 震えが手のひらに伝わってきた。マリーさんの手が俺の膝に伸びてくる。


「倒、して……まだ奴は生きて、るから……」


 その手に握られた物が俺の膝に、コツン、と無骨な金属が当たる。冷気でひどく冷えているが、このずっしりとした感触は触れた瞬間分かった。HM12拳銃だ。


「朱宇くんが、やって。撃ち、かたは、分かるわよね……?」


 分かっている。安全装置を外してスライドを引いて照準、あとは引き金を引くだけ。だが首を回すと氷像がぎぎぎっと身体を軋ませていた。今になって手足ががくがく震えてくる。凍りついたアーマーを無理やり動かし、母さんを殺した奴が今度はマリーさんと俺自身を始末しようと銃を持った手をゆっくりと上げようとしていた。


「こんなところで、こんなところでわたしは……ッ! 古代人ハイチャリティの遺産を、やっと扱えるところまできたのだ……!」

「クソ、ふざけるなっ! よくも母さんを……ッ!」


 その遺産のついで母さんを失った。それがどうしても許容できなくて、俺は怒りに任せて拳銃の安全装置を外した。


「終わらせて堪るものか……こんな子供に……ッ!」

「いいや終わらせる! 今日、ここで……!」


 最後の悪足掻きだとばかりにスワームはまだ照準しきれていないステンドガンを床に向かって撃った。俺は自分とマリーさんを守るために拳銃のスライドを引いた。

 そして照準する。


「ええいッ! ふざけるな――こんな結末など――っ!」

「うう……」


 だが撃てない。自分の手で命を奪うことが恐ろしくて、明確な殺意を向けられるのに怯えて。手が震える。指先が強張って動いてくれない。動け、動けと念じるほどにその強張りが全身に広がる。


「大丈夫、朱宇くんならやれる……」


 マリーさんの手が弱弱しく俺の手に重なった。拳銃を握った手に触れるその感触が勇気をくれる。ひとりで殺すんじゃない一緒に殺すの、という思いが伝わってくる。


「このわたしがッ、貴様ごときにィィィィィィィィィィィッ!」


 凍結したアーマーが軋み、スワームの腕がギギギッと悲鳴を上げる。ステンドガンが俺たちに向く。だがそれよりも早くマリーさんの声が響いた。


「撃て……ッ!」

「このォォォ――ッ!」


 何度も引き金を引いた。マガジンが空になるまで撃ち続け、藍色のアーマーを引き裂いた。そして俺は、凍りついたままだらりと弛緩したスワームを眺め、深く息を吐いた。


「……終わったんだ……これで、やっと……」


 それは、今まで備えてきたことが報われた瞬間だった。


(お願い)

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