侵災のスワーム エピローグ(第一部)
第70話 エピローグ
あれから数日が過ぎていた。
「ここに来るのはいつ以来だっけ……?」
見渡す限りの芝生。その上にはかまぼこ型の墓石が並んでいる。俺は御守特別区内の墓地に足を運んでいた。
「母さん、今日は報告があるんだ」
水巳日和の名前が記された墓石の前にしゃがみ込む。
また五体満足でここに来れてよかった。
スワームを倒した直後、エネルギーサインが消えたことに気づいたマリーさんの部下たちが駆けつけてくれたことで俺たちは無事保護されていた。
だから軽傷で済んだ。本当によかった。
「母さんを殺したスワーム。あいつを俺が倒したんだ。まさかこんなに早く仇が討てるなんて……って言ってもほとんどマリーさんが追い詰めたんだけど」
無理に笑顔を作る。でもやっぱりやるせない気持ちが強くて、どうしても唇が震えてくる。
「それでも俺の中で一つの区切りがついたんだ。だからもう大丈夫、俺はひとりで……」
俺は言葉を切り、少し離れた通りに目を向けた。そこには金髪の少女と、ホワイトブロンドの北欧美人、そして寝不足気味にあくびをしている赤毛の少女が待っていた。
「いや、ひとりじゃないか。シャノンもマリーさんも……あとついでにクレアもいるから寂しくないよ。だから心配しなくていいよ」
最後に手に持った花束を墓前に添え、俺はシャノンたちに向かって歩みだす。
「それじゃあまた今度……」
少し開けた通りまで来ると、シャノンが気遣わしげに口を開いた。
「もういいのか?」
「あぁ、もういい。あんまり長居しても皆に悪いし」
「そんな……今日くらい気を使わなくてもいいんだぞ」
優しい声が身に染みる。本当に友達思いのいい子だ。
俺が穏やかな視線をシャノンに送っていると、赤毛の小動物がさささっと近寄ってきた。
「本日限定、甘えん坊フェア開催中。ほら、今ならまりりんの爆乳に飛び込んでばぶばぶしても許されるよ。自分の境遇を利用して最大限甘えな、シュウくんにはその権利があるよ」
「クレアぁ~ちょっとは察しなさい。お墓参りの直後よ? ご遺族のことを考えましょうね」
悟り顔のクレアにマリーさんの暗黒微笑が圧をかける。だがいささか威力が足りなかったらしい。怯えるどころか切なげに口をすぼめ、クレアは繁華街の方に緑色の瞳を向けていた。
「ところでお腹空かない? 私、今朝から何も食べてないからお腹ぺこぺこ」
「アナタちゃんと言葉通じてるの? 本能だけで動いてない?」
「まりりん、本能で動いてるんじゃないよ。私の身体が三大欲求に正直なだけだよ」
「正直になっちゃダメでしょう。少しは自制しなさい」
窘めるマリーさんだったが、クレアは完全にスルーして個人端末からグルメアプリを開いた。
「ねぇねぇ、お昼にはまだ早いし軽く食べれるモノがいいよね。クレープとかどう? みんなでシェアしようよ」
「クレープ……シェア――うっ、頭が……!」
「気をつけろシャノン、またパックマンされるぞ……!」
かわいそうに、若干トラウマになっているようだ。
こめかみを押さえるシャノンと警戒する俺の様子に、マリーさんが色々と察したように、うわぁ……と表情を曇らせた。
「もしかして、クレアが……」
「えぇそうです。こいつ一口ずつ交換とか言ってシャノンのクレープをほとんど食べたんですよ。しかもそのクレープだってどっちもシャノンが買ったやつなのに。とんだ恩知らずです」
「なかなか酷い話ね。子供にたかって、大人気なく頬張るだなんて」
「そんなこともあったね。懐かしいねぇ」
「なに思い出話にしようとしてるんだ、つい一週間くらい前のことだろ」
マリーさんの同情するような声に微笑み返すクレアだが、そんなふざけた態度が許せなくて俺は思わずツッコんだ。だが反省していないようで、しれっとした顔でそっぽを向かれた。
「でもシャノンちゃん許してくれたし、今さら咎められてもねぇ」
「そうだぞ。もう過ぎたことだ」
「ほら本人もこう言ってるし、だからまたやっても許してくれるって」
「ああもちろんだ――んん?」
クレアの言葉に頷きかけた瞬間、シャノンが首を捻った。
「気をつけろシャノン、そいつまたパックマンするぞ……!」
「なんだと許さん……っ!?」
シャノンは咄嗟に両手を胸の前に突き出してファイティングポーズをとった。俺も飛び退いて距離を取った。そんな俺たちに「ちょっと口が滑っただけだよ~」とクレアが擦り寄ってくる。そうやって今度は文字通り口を滑らせてクレープを平らげるつもりだろう。そのにんまりした笑顔が言ってるぞ!
「ちょっとクレア、向こうで話そうかぁー」
マリーさんが静かな笑みを湛えて割って入ってきた。
「なに? 手なんてつかんできて。それに向こうって暗がりだよ」
「いいから」
「ははーん、さてはシュウくんたちには聞かれたくない系の話ー?」
「そうよ。聞かれたくない系」
「もぉー恥ずかしがり屋だね、まりりんは。いいよ、付き合ってあげる♪」
微笑を浮かべているマリーさんに手を引かれ、クレアは教会の影に消えていった。
二人の後姿の先には黒い格子の柵があって、そこにピザ屋の看板が透けて見えていた。
「昼はピザとかいいかもしれないな……」
「そうだな……それだとシェアが前提だから食いっぱぐれることがないと思うし」
なんとなく呟いた俺に、シャノンがぼんやりと答えた。
深く考えないで言ったが、ピザならパックマンされてもいいか。切り分けられてるし。
そんなことを俺が思っていると、むぁ~……、と微かな叫び声がどこかから聞こえてきた。
「今なんか聞こえなかったか……?」
「気のせいだろ。それより先に車に戻っていよう」
興味なさげに駐車場の方を向くと、シャノンは歩み出した。風に揺れる長い金髪を追って俺も通りを歩み出す。
教会の暗がり辺りから叫び声が聞こえた気もするがどうでもいいだろう。こんな騒がしい毎日がまた戻ってきたのだから。
もう随分昔のように思える。母さんが殺されて一年しか経ってないのに。マリーさんが母親代わりになってくれて、それからフェシュネール家に居候になって、そこにクレアが加わって騒がしい日常が過ぎて、スワームと遭遇して仇まで討て……本当に色々あった。
だがそんな目まぐるしい日々はもっと続いていく。
そう――この四人が揃っている限りずっと。
ノックス・クラフト、第一部完結!
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