第68話 起死回生の一手! 傷つきながらもマリーは戦う、ギリギリの展開!?

 私はスーツの複合センサーとリンクした網膜で光の軌跡を追うように目を細めた。

 肉眼では捉えられない粒子が移動している。そこへ向かってジャンプユニットを噴かせ、トップスピードのまま機械の刃を振るった。

 プラズマの青白い光が弾けた。スワームが実体化した瞬間、私の高周波ブレイドを止めるようにエネルギーの刃を振るっていた。


 D型の柄から伸びる荷電粒子の刀身エナジーブレイド。それがぐっと近づき、イヤーマフを空電がザザーッと洗った。私は堪らず身体を反らし、距離を取りつつ銃弾をばら撒いた。磁力で放たれたその弾はやっぱり当たらない。光の粒子に霧散する奴には決して届くことはなかった。しかも再び距離を詰めて切りつければエナジーブレイドに阻まれる。

 これでは埒が明かない。私は歯がゆそうに吠えた。


「思ったより冷静ね! 何年も前から、こそこそデータを集めて作った物が破壊されたのに……っ!」

「作った? 違うな、我々は解き明かしただけだ。偽りの先進種族では到底到達できない本懐を。やはり古代人ハイチャリティは偉大だッ!」

「何が偽りよ! ハイチャリティよ! 一人で盛り上がってるんじゃないわ……!」


 言い合いながらも攻撃の手を緩めない。けれどブレイドはいなされ、私のライフルを持つ腕とスワームのステンドガンを持つ腕が交差し、その直線上にある壁や床を互いの銃弾が抉っていく。


「分からないだろう。あの装置にリンクしていない者には」

「けれどそれも――」


 エナジーブレイドを弾き返し、私は屈んで足を払うように鋭い蹴りを放った。


「私が破壊したッ! もうリンクは絶たれたはずよ!」

「また復元すればいい。少々手間がかかるが、そのデータは私の生体デバイスの中にある」


 蹴り飛ばされて舞うステンドガンのガラス片よりもさらに後方へスワームが飛び退く。


「私の特性を強化し、爆発的に増殖する兵力。NOX、VICSに続く第三の勢力が新たに誕生するのだ」


 こいつは報告書にあった離反者フェルドールよりも何段階も危険度が跳ね上がっていた。量子化による物理攻撃への耐性と奇襲が主な能力だったけど、そこに軍団規模の増殖能力を合わせるともはや個の評価では収まりきれない。


 こいつは危険よ。ここで確実に仕留める必要があるわ……!


 私は背面の誘導弾ポッドを投棄パージし、少しでも機敏に動けるようにした。


「そんなことはさせないわ……ッ!」

「捨て身の吶喊とっかんか――しかしッ」


 一撃一撃に渾身の力を込めて振るうも、磁力の銃弾も高周波の刃もいなされ、周囲を穿つばかりでまるで届かない。


「あなたは、子から親を、親から子を、他にも大勢の命を奪った……っ! もうこれ以上は奪わせな――」


 ついには銃のマガジンが空になった。その一瞬の隙にスワームのステンドガンが私を捉えた。シールドがちらつき、過負荷になってエネルギーの膜が消えた。

 その瞬間、ヘルメットフレームの安全装置が働き、プシュッという音とともに特殊な樹脂パネルが頭部を守るように展開された。


「この――っ!」


 咄嗟に電磁アサルトライフルを投げつけると、それはエナジーブレイドに真っ二つにされた。私は渋面を向けつつスワームから距離を取った。シールドの再充電が始まるアイコンが目の端にちらつくが遅い。間に合わない。けれど今が私を倒すチャンスだというのに、スワームはなぜかゆったりと構えたままで攻撃してくる素振りすら見せなかった。


「ご大層な正義感だ。だが行き過ぎた正義感は人を盲目にする」


 その言葉の直後、ぎしっとガラス片を踏み鳴らすような足音が聞こえた。

 振り向くと、胸に鋭い痛み走り、異物感に呼吸が圧迫された。口からはごぼごぼと血が溢れ、変な声が漏れた。熱い。胸が焼けるようだ。

 苦痛に歪む視界の中、目の前には確かにそこに誰かいるはずなのに何も見えない。

 持ち上げられるように足が浮く。けれどそのおかげで相手の体格が予想できた。咄嗟に高周波の切っ先を突き立て、肉を裂くように真下に薙いだ。


 くぐもった呻きが聞こえ、空気が揺らぐと、上等なアーマーを纏った爬虫類が姿を現した。ステージ4の奇兵級……!? 格納ベイ前の扉からここまで追ってきたんだわ……!


 奇兵級が私から長い鉤爪を引き抜き、引っ掻くように両腕を振るってくる。

肺を貫かれ、呼吸もままならいけど、それでも私は必死に高周波ブレイドを振るった。血液で赤々と鈍い光を宿す三本の爪が私の刃を防ぎ、もう片方の爪が偏光アーマーを撫でる。それだけで装甲が切り裂かれた。でも私は止まらない。酸欠で飛びそうになる意識を痛みでとどめ、高速で刀身を振り続ける。視界が赤く染まり、獣のような唸り声が口から血と一緒に漏れた。


「ガ――っ!」


 そして気づけば足元には、肉塊に変わり果てた奇兵級が転がっていた。

ようやくナノマシーンで再生した肺から思いっきり空気を吸う。


「うう……っ!」


 背中に違和感がある。首を回すと、ぎらつく極彩色の杭が何本も刺さっていた。

 ステンドガンに撃たれた――

 そう認識した瞬間、まるで膝がなくなったかのようにがくっと崩れ落ち、奇兵級の血溜まりの中に私は倒れた。


「さすがにそのダメージでは再生に時間がかかるだろう。だがやはりまだ死なないか……念のため、首をはねておくか」


 足音が近づいてくる。ガラス片にプラズマの刀身が反射してチカチカする。けれどまともに動けない。身体が、自分のものではなくなったかのように言うことを聞いてくれない。


 でも、もう動く必要はなくなったわ。


 目の前にチャンスが転がっているから。相手が勝利を確信している今が、もっとも相手が油断している状況だから。

 私は思念だけで生体デバイスに指令を送った。

(目標スワーム、アルムA2……! アルムB2……! 発射ファイア!)

 投棄された誘導弾ポッドからマイクロミサイルと凍結弾頭が一発ずつ発射され、藍色のアーマーを背後から襲った。


「な――っ!?」


 爆音が響き、冷気がここまで流れてくる。その確かな手応えに、私は血溜まりの中でそっと笑った。

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