第67話 増殖するエイリアン、その中をマリーは駆けて行く!
まだ来る。でも、奴らを駆逐できる機関銃はもうない。予備の銃として電磁アサルトライフルを背中のラックにつけているけど、あの数を相手にするには手持ちの弾薬じゃ心もとない。
「スワームが多すぎる。強攻は避けられなくなったわ。いい朱宇くん、危険だけどここからは私の背中につかまって――」
「だったらこの際、遺産ってやつを破壊すれば……」
「それこそ危険よ。きっと守りも厳重で、そもそも破壊して解決する保証はないもの」
「でも、少なくとも奴らに痛手を与えられる。もうこのまま逃げ隠れするのはごめんです」
朱宇くんの瞳は強い光を宿していた。母の仇がすぐそこにいて、でも逃げるしかなくて、しかもその敵が何百人にも増えて襲ってきている。一体どんな悪夢よ……でもその悪夢に怯えるんじゃなくて自ら打って出ようというの……。
「守りきれるか分からないわよ? それでもいいの?」
「どこにも安全な場所なんてないでしょ、こんな所じゃ。なら行くしかないです」
「そう……分かった。じゃあしっかりつかまって、最短コースで突っ切るわよ……!」
朱宇くんを背中につかまらせると、私は部屋とマップを確認した。この部屋は何らかの実験場のようで二十メートル四方の広場になっていて、対面の壁端にドアが見える。恐らくそこが観察室。そしてその方角には、マップに黄色く点滅するエネルギーサインも見て取れる。
私がそこへ近づき、ドアを切り裂いてみると細長い部屋が隠れていた。思った通りね。こういう設備はVICSも人間と同じものを使うらしい。些細なショートカットだけど、この部屋の構造は私に都合よく働いた。おかげでもうひとつドアを破壊しただけで隣の通路に出られた。
ここにはまだスワームはいないようだわ。でも切り裂いたドアの崩れる音が思いのほか派手に響いた。通路の前後から大勢の足音が聞こえ出す。私は少しでも朱宇くんが楽になれるようにぐっと腰を落とし、前のめりの体勢で駆け出した。
高周波ブレイドから電磁ライフルに切り換え、曲がり角から躍り出るとそこにいたスワームをなぎ払うように掃射した。磁力で発射される弾丸は、貫通力が非常に高い。だから幅がそれほど広くない通路では肉を串に刺すように貫けた。
この複製体はオリジナルに比べて非常に脆い。これならマガジンを一本分撃っただけで簡単に排除できる。短期戦なら十分戦えるわ。
一通りなぎ倒しては新しいマガジンを素早く薬室に叩き込み、角を折れてはまた掃射。それを繰り返すこと三度、そこまで来ると目的の場所はすぐそこだった。
「――っ!」
一度立ち止まる。予想通り凄い数のスワームがいた。一個小隊はいるだろうか。とてもアサルトライフル一丁では太刀打ちできない数の暴力。けれど私はそのライフルすら背中のラックに引っ付け、再び高周波ブレイドを握った。
「息を止めてなさい。肺をやられるから」
「は、はい……!」
朱宇くんの返事を聞いた瞬間「アルム
驚愕の声とともにバンッと弾ける音。それから数秒して冷気が私の足元まで流れてきた。
アルムB3――ARM46PクライオンⅡの圧縮された液体窒素が蒸発して流れてきた冷気の煙。これは元々スワームとの戦闘を想定して誘導弾ポッドに装填しておいたもので、その効果はスワームの量子化を阻害する。こと複製体に対しては、さらにアーマーを凍結させて錆びついた機械のように動きを鈍くさせるおまけつきだった。
敵が十分固まるまで数秒待ってから私は疾駆し、氷の彫刻に変わり果てた藍色のアーマーをなぎ倒して道を開く。けれどすべてを倒している時間はない。ドアの前までのスワームだけを倒し、冷気を掻き分けて鋼板を高周波の刃で切り裂いた。
その怒涛の勢いのまま部屋に飛び込むと、白い部屋の中央に台座が置かれていた。その上に怪しく輝く角錐のクリスタルモジュールが見て取れる。
距離にして数メートル。一息に間合いを詰めて破壊できる距離よ。でも油断はできない。複合センサーに反応がないことを一瞬確認する。
異常なし。これならいけるわ!
「は――っ!」
一気に距離を詰めながら上段から振り下ろし、一太刀浴びせる。それだけで角錐が綺麗に二つに割れ、地面に落ちるとクリスタルは色を失った。
気が抜けるほどあっさり破壊できた。ここまで敵が来る想定をしていなかったのか、まだこの装置を十分扱える準備ができていなかったのか、とにかくこの部屋は無人で外部から隔絶されていた。
「うう……」
「しゅ、朱宇くん……!?」
背中からすっと落ちる感覚に振り向くと、朱宇くんが蹲っていた。赤白の制服から見える手や頬が赤く爛れ、不規則な呼吸に胸が上下している。
凍傷だわ……凍結弾頭の冷気を直接浴びたわけじゃないけど、人間サイズのものを数秒で凍らす超低温。通路の温度は恐らく極寒の雪山くらいには低下していたでしょう。
何かの拍子で吸ってしまったらしく呼吸がおぼつかない様子の朱宇くんに、私は救急キットから医療用ナノマシーンが詰まったシリンダーを取り出し、打ってあげた。
「これでひとまず大丈夫――」
「まったく……脱出するでもなく、子供を抱えてここまで来るとはね……」
朱宇くんを台座の横に寝かせたところで通路から押し殺すような声が聞こえてきた。その声の主は凍りついたアーマーをぎぎっと鳴らしながら近づいてきた。
スワームがクライオンⅡの凍結から復帰していた。その後ろに同じ姿の装甲服が十人ほど見て取れる。
「やっぱりこれを破壊しても消えてくれないってことね……」
「物の価値も分からない原始人め……! それがどれほど貴重なものだったと――」
「どれだけ貴重だろうと私たちにとっては害でしかないわ」
ここから先は通さないというように高周波ブレイドで床に線を引き、私は電磁アサルトライフルと一緒に構え、ふと短い銃身をスワームたちに向けた。
「リベンジマッチよ。今度は前みたいにはいかないわッ!」
一気に距離を詰めつつ銃弾を先頭のスワームに向かってばら撒いた。けれどそいつは光の粒になって空気に溶け、狙いが外れた銃弾が彼の後ろにいた藍色のアーマーを裂いた。
量子化した!? 今までの個体と違うわ! こいつが本物ね……!
私が瞠目する間、後方のスワームたちがガラスのような弾丸を撃ってきた。いくつかはブレイドで弾いたけど、シールド越しにカンカンと甲高い音をたてて着弾した。あの銃は非常に厄介ね。当てた対象のエネルギーを吸い取ってクリスタルの花を咲かせる。それはエネルギーシールドにとっては致命的な銃器。私が通った場所には青白い花びらが散っていた。
急激にシールドゲージが低下する。けれどこの間合いを詰めるだけのわずかな時間くらいは持ってくれた。
高周波の刃が虚空を踊る。ライフルの青白い発射炎が舞い散る。それだけで出入り口付近にいたスワームは粒子になって消えた。そして最後の一人が倒れる音が響くと、やけに静かになった。どうやら通路にはもう誰もいないようね。
「もう複製体の補充はしないの? 打ち止めかしら?」
「必要なくなっただけだ。彼らでは君を倒しきれない」
「そんなこと言って実はもう作れないんじゃないのっ!」
銃口を向け、スワームを撃つ。けれどその藍色のアーマーは霧散し、銃弾は当たらなかった。
(次回に続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます