第64話 エンジェル・フォール

「だったら早くマリーさんたちに伝えないと」

「え、何を……」


 俺が言葉を詰まらせると、シャノンは顔を曇らせた。


「お前も気づいたからここまで来たんだろ。ここには彼らが求めていた遺産があるらしい」


 そうだった。エネルギーサインを追っていたんだ。

 この先の通路だよな、と俺が角から覗きこむ。扉の前に二人の歩兵級ステージ3が立っていた。そのうちの一人がこちらを向いている。

 目があった。距離にして十数メートル。静かに立っていたから気づかなかった。

 なんてことだ。話し声を聞かれたか――


「シャノン、見つかった……! そこを曲がってすぐのところ――」

「っ!? 行こう、こっちだ……!」


 俺たちは駆け出した。激しく金属を打ちつけるような足音が壁に反響するように聞こえる。ヤバい。奴ら、追ってきてるぞ……!


「助けが来てると言ったな?」

「ああ……!」

「なら私に考えがある。どこか開けた場所を知らないか?」

「えっと……格納ベイくらいしか」

「そこにしよう。案内してくれ」


 こんな時でもシャノンは頼りになる。さすがだ。VICSに捕まっていたはずなのに自力で抜け出しただけはある。

 だがその頼れる幼馴染みの策も俺次第でゴミにも命綱にもなる。マップ通りに進めばいいだけでも緊張で息が詰まりそうだ。首筋がじんじんして冷や汗が止まらない。


 金属質な足音が別の方向からも聞こえ出す。敵が仲間に連絡したのか、回り込むような方向。このまま進めば確実に挟み込まれるだろう。とはいえそれは、階段やエレベーターシャフトで逃げる場合のこと。

 足音から遠ざかる方へ通路を折れる。こっちにはまだVICSの姿はない。だが俺たちは罠に追い詰められる獲物のように囲まれつつあった。

 格納ベイの扉にたどり着いた。俺は急いで制御パネルを叩く。


「早くっ、早く開け……!」


 分厚い合金のパネルがスライドするのをもどかしく待つ。そして扉が開くと同時に足元をプラズマが跳ね、俺は思わず身を縮めながらベイに飛び込んだ。うつ伏せに倒れ込むと、シャノンがすぐに腕をつかんで通路から死角になる壁際まで引っ張ってくれた。


「大丈夫か!?」

「ああ大丈夫だ、当たってないから――それよりここからどうする……!?」

「助けを待つ」

「はぁっ!? ふざけんな、もうすぐそこまで来てるんだぞ……!?」


 絶対間に合わない。足音がカツカツと近づいてきている。

 だがそれでもシャノンはセーラー服の胸元に手を入れて冷静に口を開いた。


「前に言っただろ。本当に心配がいるような状況になったら、いくらでも手を貸してもらえると。今がその時だ」


 ペンダント型のデバイスをシャノンが取り出した。

 それから一拍置くと、高さ二十メートルほどの天井に穴が開き、爆音とともに合金のプレートがくり貫かれたように消失した。ぱらぱらと落ちてくるわずかな建材や土埃の中を人影が次々と降りてきた。その中にいつか見た淡いグレーの装甲服。背中に緩く二本にまとめたホワイトブロンドに鋭く細められた赤い瞳、口元をガスマスクのようなもので隠し、二又に分かれた銃身の機関銃を振るっている。

 グレーの装甲服が背面のジャンプユニットを噴かせ、輸送艇の上に着地するのを俺は呆然と眺めていた。


「マリーさん……?」


 救いの天使が舞い降りた瞬間だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る