第60話 古代人《ハイチャリティ》の遺産。それは無限の可能性を秘めた遺物だった……

 古代人ハイチャリティの遺産。

 多くの人々に秘匿とされているロストテクノロジー、その俗称は六月のユーフォリアと言えば誰もが知る侵災だろう。孤峰市を廃墟にしたその侵災の原因がハイチャリティの遺産にあることはすでに何年も前に突き止めていた。

 残留放射能や周りをごっそり抉り取った光景は、一見強力な兵器で蒸発させられたような状況だったが、その現象の直後、地球に出現し始めたVICSに対抗するためにその存在をおおやけのものにした先進種族NOX


 当時、まだスワームというVICSの傀儡になる前、NOX軍の化学科に所属していたわたし――ランベルト・アルンハイムは、被災地で調査を行っていた。

 弧峰市を囲むように差し込まれた巨大な柱。注射器のようなフォルムに大気圏に突入する時の摩擦熱にも易々と耐えられる特殊な金属で構成されたそれを回収し、実験と研究の日々。その過程で宇宙から飛来してきたこれの正体が分かった。わたし自身が別の場所に飛ばされることと引き換えに転移装置だと判明したのだ。

 だから蒸発ではなく消失。街も同じようにどこかへ飛ばされたのだろう。研究者としては謎が解明されて喜ばしかったが、それと同時に絶望もした。


 転位先は、地球から遥か離れた惑星――VICSの母星だった。


 そこでわたしは生まれ変わる。離反者フェルドール、スワームに。そして知らされた。自分の正体を。

 NOXは自らを先進種族と呼称する偽りの新人類。わたしが最初にそう言われた時は信じられなかった。地球人類とかけ離れたテクノロジーを持ち、半ば寿命もなく軽傷なら数分で完治する治癒力。こんな能力をもった者たちを新人類と言われて誰が疑うことができるだろうか……だがわたしは自分の遺伝子情報や生い立ちを考えると否定できなかった。

 生まれも育ちも地球で、遺伝子情報も現生人類と変らない。先進種族と言いながら地球人と同じ人間だ。これの一体どこが先進なのだろうか。いくつか植民惑星を持っていてもその惑星の中にNOXの母星があるのかも怪しく思う。


 そんな時、VICSたちが教えてくれた。ハイチャリティこそ本物の先進種族だと。我々VICSが、滅んでしまったハイチャリティの意志を継ぐ者だと。

 VICSはその証拠としてある装置を渡してくれた。台座に収まった角錐形のクリスタルモジュールだ。これは何らかの動力装置らしいが、非常に複雑なセキュリティが組まれていて起動できないという。そこで彼らは元化学チームのわたしに解析を任せた。

 無理やりVICSの因子を組み込まれ、フェルドールにされたばかりのわたしはVICSに対して強い反感があった。だが時間が経つにつれて不思議と反感も薄れ、人間を自分とは別の劣等種族と認識し始めた。そんな時、興味深い遺物が手元にあるのだ。


 調べずにはいられなかった。確かめずにはいられなかった。


 そしてセキュリティを解除する過程であることが分かった。使われている暗号には、エジプトの象形文字に似たパターンや古代生物のDNAをパスコードに利用した数列が確認された。そして何千年も前にハイチャリティが地球に来ていたのか、古代の出土品に痕跡がいくつも見つかった。この手がかりを元に各地の博物館や資料館を調べ、ついでに人間を襲ってVICSに変え、戦力を増やしていった。

 その甲斐あって今日、すべてのピースが集まったのだ。


 データは十分。あとは解析するだけ――


 司令室を見渡す。そこにはこれまで協力してくれた兵士たちが佇んでいた。上等なアーマーを身に付けたステージ4の歩兵級。彼ら指揮官クラスの個体が総勢三四名。そしてより貴重なステージ4の奇兵級もわたしの隣に控えている。


「これまではこそこそと……それこそ下水道を這い回るドブネズミのような行為ばかりしていた。疫病をばら撒き、駆除される害獣だ」


 四つの瞳孔を持つ彼らが低い唸り声を上げた。その怒りに燃える瞳にわたしは同意するようにゆっくりと頷いた。


「ああ屈辱だ。屈辱だったとも……我々を化け物だと報道し、我々の崇高な目的を邪魔し、地球にのさばってきたNOX。自分たちがもっとも優れた種族だというように地球人を導いている」


 わたしは大型スクリーンに映し出された角錐形のモジュールを一瞥した。

 解析率九九・九パーセント。彼らを集め、共に喜びを分かち合うこの間にも完成へのカウントダウンは進んでいた。 


「だが真の先進種族である古代人ハイチャリティ――今は亡き彼らの正当なる後継者はNOXではない。我々VICSだ。我々こそが人類を進化させ、新たなステージに導くのだ。それを今から証明しようじゃないか」


 解析率が一〇〇パーセントに変った。

 それと同時に画面上の台座がせり上がる。数秒後、床の一角がくり貫かれるように持ち上がり、角錐のモジュールがわたしの目の前に現れた。

 それに触れる。するとパスが繋がった。脳に直接響くイメージ。全能感。凄まじい高揚。そして理解した。これは今までにない無尽蔵のエネルギー機関だと。


「コマンダー、地上にビーコンの反応を検知しました」

 

 いいところだと言うのにオペレーターの歩兵級がそんな報告をしてきた。

 すぐにワンユニットの部隊を捜索に出すように命令し、再びモジュールに視線を戻す。だがわたしが装置を操作しているとまた報告が響く。


「基地上空に多数の高熱源反応……! このパターンはNOXの降下ポッドです……!」


 ちょうどいい機会だ。ハイチャリティの遺産を試すには。

 わたしは全ユニットに迎撃を命じる。


荷電粒子砲塔プラズマタレットを起動しろ。ステージ4の歩兵級はレーザーロッドガンを持って急行。奴らを迎え撃つ」

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