第59話 エイリアンに捕まった少女シャノン、彼女はスパイアイテムを手に脱出を試みる

 一本通路を挟んだ向こう側になんらかの磁場を発生させ、光の膜に覆われた檻のような小部屋が見える。薄紫色のその膜は半透明で、被検体の人間が一人ずつ捕らわれている。ベッドと便器が壁際に固定されているのが見えるが、それ以外に何もない簡素な造り。

 私――シャノンが今いる部屋も同じ造りで、どこに視線を転がしても分厚い金属の壁がコの字型に囲んでいた。空調用のダクトのようなものが天井にあるが、ようやく腕が通りそうな広さで脱出には使えそうにない。


「…………」


 私はエネルギーの膜に近づいて通路を眺め、見張りのVICSがいないか確認する。


 よし、誰もいない。


 ここ数時間で一度だけ食事を運ぶために来た歩兵級がいたが、基本的にこの独房エリアは静かだった。

 背を向け、工作を続ける。ベッド脇には、髪留めや靴についた金具、そのほか持っていた金属類がすべて集められていた。

 腕輪型の個人端末スマホはVICSに捕まった時に没収されたが、こういうアクセサリー類まではチェックされなかった。

 その中にはペンダント型の簡易デバイスも含まれていた。そのデバイスの中には救難ビーコンとモデリングソフトが入っている。現状、地下施設のこの場所からビーコンを飛ばしても無意味だろう。電波が届くはずがない。


 そこで私はモデリングソフトを起動し、投影ウインドウをアクセサリーに重ねた。するとパラメーターウインドウが表示され、アクセサリーが薄ぼんやりとした光に縁取られた。

 パラメーターのメモリをすべてゼロに戻してやると、ウインドウに映った金属類が平らに伸び、銀色の水溜りになった。

 ナノマテリアル。デバイスと連動して入力した通りに形状を変える金属で、NOXでは修理キットや応急的な陣地構築、他にも色んな活用がされているものだ。

 私が持っていた金属類はすべてナノマテリアル製で、今みたいな危機的な状況に備えて両親が持たせてくれていた。

 こんな物まで持たせるなんて普段なら心配しすぎだと呆れていたところだ。だが今回だけは違う。思わぬ幸運だ。素直にありがとうって言いたい。

 単純なモーションを入力しつつ過保護な両親に感謝したところで、ナノマテリアルが球体に形を変えた。

 これで準備が出来た。この球体を二度叩けば、一定の角度をつけて棒のように伸び、先端を鉤状に変形するはずだ。

 球体を持ってエネルギーの膜の前に再び立つ。最初これに触れた時は指を弾かれたが、その際痺れるような感覚があった。例えるなら反発力を持った電気の壁だろうか?

 とにかくそれによってこの力場を生身で突破するのは不可能。だが他の独房と造りが一緒なら通路側の壁に制御パネルがあるはずだ。そのパネルに作用するようにナノマテリアルを使えば脱出できる。


 ちゃんと噛み合ってくれればいいが……。


 不安はある。いや、不安しかない。これが失敗したらもう打つ手がないから。

 だがこれしか方法がないのなら腹を決めるしかなかった。

 地面に球体を置き、二度叩く。私が安全な距離まで下がった時、助走をつけるように一旦楕円形に沈み込んでから銀色のボディを細長く伸ばしていた。エネルギーの膜と干渉し、ばちばちと火花が散る。それでも強引に金属の触手を入り込ませ、ついに通路に抜けた。

 その直後、エネルギーの膜が消え去った。


成功だ。さらさらと銀色の砂になって崩壊するナノマテリアルを見つつ私は通路に出た。

 だが問題はここからだ。恐らく独房エリアの外には歩哨が立っているだろう。檻を出られてもそこで捕まったら意味がない。


 どうするか……他にも捕まっている人がいるみたいだが、この人たちを解放して彼らに紛れて地上を目指すか?


 いや愚策だ。そんな不確定な手段はとれない。施設内の構造も理解していない状況での脱走は捕まるリスクが高すぎる。それに、私が檻から出られたというのに誰もこちらを見もしないのが引っかかる。何らかの精神的ショックを受けているのか彼らは俯いたまま動いてない。


 どの道彼らを使うのは無理そうだ。ならどうしたら――


 歩きながら考え込んでいると、足元に小さな通路が見えた。

 ダクトのようなようだが、私が近づくのにあわせて螺旋を描くように金属の蓋が開いた。


「拡散級の通路か……なら――」


 迷わず足元の通路に入り込んだ。この通路も敵と鉢合わせる可能性は十分あったが、拡散級は警備に使われるVICSじゃない。出撃や帰投時に格納エリアから発進ベイまでを移動するだけで基本的に出歩いていないはずだ。

 この私の考えは正しかった。数十分間手狭な通路を這って進んでいても特に問題なく行けた。


「――――」


 と、そこではっきりと聞き取れない声がかすかに聞こえてきた。通路を進むにつれてその声は確かなものとなり、声の主がいる部屋の横まで来ると私は眉を顰めた。


「ようやくだ。喜べ、諸君らの働きによってこの装置は間も無く完成する」


 その声はスワームのものだった。

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