第56話 能力者《エイリアン》同士の戦い

「ぐ――……っ!」


 急に息が出来なくなった。

 胸元を見るとガラスのような杭が背中を貫通して二本刺さっていた。すぐに引き抜いて肺に空気を送り込む。がはっごほっと喉を鳴らしながら振り向く。


「これでも死なないのか? 化け物だな……」

「お前が言うなァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」


 瞠目するスワームに私は吠えた。いつもならこのくらいの挑発なんて軽く流すけど、顔が異常に熱い。頭に血が上って、思わずスワームの声がした方へ肉薄し、ナイフを振るった。

 目にも留まらぬ一閃。でも切っ先が触れたものはない。砂のように崩れたスワームの残滓に掠めただけでまるで手応えがなかった。


「量子化で回避を――は……っ!?」


 息を呑む。至近距離で発砲音、それから足に違和感。確認しようと首を回すと、急に足が縫い付けられたように動かなくて、思わず膝を突いた。

 足の甲にステンドガンの杭が刺さっていた。一体いつのまに撃たれたの、と顔を忌々しげに歪める私の視界の端に光の粒が形成されていた。

 銃を持つ腕を基点に現れるその姿は、無数のハエがばらけ、寄り集まって人間の形に戻る悪魔。機械の鎧に身を包んでも、SF映画で出るような不気味な光を宿す銃を持っていてもなお、そんな空想上の生き物に見える。

 離反者フェルドール、スワームとしての能力は、量子テレポート。この現象を説明した報告書にはそうあった。ただNOXの技術でもこんな正確で予備動作のない、しかも腕だけ先に出して攻撃してくるようなテレポートは不可能なのに、つくづく厄介な能力だわ。


「ガァアアアアアア――ッ!」


 けれどそんなものは関係ない。バラバラになるのなら、その前に切り捨てればいいだけよ。私は脚力だけで杭を地面から引き抜き、気配だけを感じ取って本能的にナイフを振るった。

 切る。消える。切る。この戦いには、すでに歩兵級は参戦していなかった。自分たちの指揮官の邪魔をしないように見守っている。


「直感だけで襲ってくる――まるで獣だな……!」

「好き勝手言ってェェェェェェェェッ!」


 化け物とか獣とか、VICSを引き連れているくせに! どの口が言うの!


「そして飛びぬけた再生能力。だがこれなら――」


 再び光の粒になってスワームが遠ざかる。渡り廊下の方に藍色のアーマーが再構成されると、撃て、と短く命じた。

 その瞬間、赤く染まった視界に警告ダイアログが表示され、上階にエネルギーサージを検知した。

 私がそれに気づくころには左の肩口と両膝に重い一撃を食らっていた。

 荷電粒子狙撃銃ボルトフォーカスによる狙撃だ。私はこういう銃が、偏光コーティングの施されたバトルアーマーを溶かし、捻れた黒い残骸にするのを見たことがあった。そんなものを生身で受ければ一溜まりもない。

 足の感覚は消え、片腕も上がらない。煤けた芝生に沈むと、私はぐっと全身に力を込めた。

 動いて……! 動いてっ、動いてよ私の身体……っ! 私がやらないと誰があの子たちを護るのよ――


『――まりりん……!』


 空電まじりのインカムにクレアの声が響いた。

 すると館内上階で金属を打ち鳴らすような着弾音が三度響いた。


「スナイパー! 注意しろ、敵の援軍だ!」


 スワームが歩兵級にそう言うと、撤退する、と言って手振りで示した。

 逃がさないわ! クレアの援護もあるのよ! 今度こそ倒す! 

 私は無事な方の腕を捻り、うつ伏せのまま拳銃を足から引き抜いて撃ち続ける。


「まだ動けるのか……! くそっ、時間をかけすぎだ。撹乱級ディスターバーを放て!」


 焦った声。もしかしたらNOX軍が到着したと勘違いしているのかもしれないわ。

 だから定石どおり、灰色の肉気球がどこからともなく飛び出し、煙を撒き散らしながら空高く浮かんでいく。煙で何も見えない。完全に相手を見失った。


『クレーメア2から1へ。敵が撤退中。私はしんがりの制圧に移るね』

「うう……ガッ――っ!」


 そんなのは認めない。煙が晴れ始める頃には私の足は普通に歩けるほどに治っていた。これでまた戦えるのに、もういないなんて認めない。

 中庭に残った歩兵級らしき個体が襲って来る。そいつに向かって私は手当たり次第にナイフ振るう。そして動く者がいなくなったところで、首筋にチクリと何かが刺さった。

 

『完全に狂戦士バーサーカーモードじゃん、少し落ち着きな』


 頭が冷える感覚。荒かった呼吸も徐々に穏やかになり、真っ赤に染まっていた視界に色が戻ってくる。鎮静剤が効いてきたようね……。


『近くに人間がいなくて良かったね。無駄な犠牲が増えるところだったよ』

「ありがとう……クレーメア2」


 本当に近くに人間がいなくて良かった。再生の副作用で狂化した私はVICSと人の違いも分からないまますべてを引き裂いていただろうから……。

 そこまで思うと、はっと銀髪のお下げを揺らした。


「人間がいないですって? それじゃあ朱宇くんたちは……?」


 中庭を見回しても、転がっているのはステージ1と3の歩兵級の残骸と血肉だけで、子供たちの姿はどこにもない。


「シャノンちゃんは歩兵級に連れて行かれたよ」

「ああ……」


 失態よ。クレアを護衛につけて、しかも私は仕事を切り上げてここまで来たのに、朱宇くんに感化されて無茶を承知で戦ったのに……時間稼ぎすら出来ないなんて。

 芝生の上で膝を突いて頭をたれる私の耳に、降下艇のジェット音が響いた。そして今さら博物館を封鎖するようにNOX隊員たちが降りてきた。

 そして最後に、クレアがとんでもない報告をしてくる。


「で、シュウくんなんだけど……自分から輸送艇に乗り込んだみたい」



(お願い)

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