第55話 傷つきながらもマリーは挑む。たとえ生身でもエイリアンから子供たちをまもるために……

 私――マリーは見ていることしか出来なかった。

 子供の悲鳴。肉が焼ける煙。シャノンちゃんが危機に瀕し、朱宇くんもVICSに向かって飛び出しても何も出来ない。

 生体デバイスを持った進化した人類であるNOX。その軍隊の第一特殊作戦グループ指揮官。こんな物々しい肩書きでも私は無力だった。

 情けない。これまで何千、何万とその手あるいは私の命令がVICSを葬ってきた。けれど今は、ただ見ていることしか出来ない。きっと戦っても今の、生身の私じゃ勝てないから。


「あ……」


 唇が震える。朱宇くんがフラッシュライトで敵の視界を奪ったから。両手で敵の片手を軸にしてプラズマライフルを奪ったから。奪ったと同時に敵を撃ったから。

 どれも私が教えたものだわ。生き残るために学ばせた戦闘技術よ。

 ついにその技で歩兵級をひとり倒した。奇跡だわ。子供が倒したのは。しかも丸腰でステージ3の歩兵級を。こんなの初めて見た。

 けれど、奇跡は二度続けて起こらなかった。鈍器のように振るわれたライフルが朱宇くんの腹に深くめり込んだ。その衝撃で吹き飛ばされ、朱宇くんが芝生の上を激しく転がる。

 ようやく止まった朱宇くんのもとに、エントランスホールがある区画から藍色のアーマーが近づいてきた。


「スワーム……!」


 鋭く細めた私の瞳に映ったそいつは、一年前に朱宇くんからたった一人の肉親を奪った男。彼らは離反者フェルドールと呼ばれ、元々NOXだった者がVICSに捕まって何らかの因子を組み込まれて生まれた存在だった。その因子は対象を強化し、特異な能力を授ける代わりに酷く性格を捻じ曲げる。どんな善人でも快楽殺人者か自分が正しいことを信じてやまない狂信者に成り代わる。

 もし朱宇くんやシャノンちゃんが彼らに捕まったらスワームのようにVICSにくみする人類の敵になってしまうわ。

 正面のフロアから足音が三人分。金属質で、規則正しい音。ステージ3の歩兵級だ。

 一度目の奇跡は朱宇くんが起こした。じゃあ二度目の奇跡は――


 私しかいない……!


 私は拳銃をレッグホルスターに収めると跳躍した。アルコーブのように凹んだ渡り廊下の天井に張り付き、片手と両足で踏ん張って蜘蛛のように待ち構える。

 真下に三人のヘルメットが通過する。彼らはこめかみの部分にもう一対の目を備え、合計四つの瞳孔があって視野も広い。けれどさすがに頭上は死角だった。

 私は腰とベストの間から高周波ナイフを引き抜きながら真ん中の歩兵級に向かってダイブし、落下の衝撃をのせた切っ先を首の後ろにねじ込んだ。そして身体を折り込むようにして鮮やかに着地すると屈んだ状態でブーツに手を入れ、二本のナイフを取り出しつつ立ち上がった。そのまま流れるような勢いで、驚きの声を上げている二人の歩兵級の喉を掻き切った。

 三人の歩兵級が次々と倒れていく。彼らは急所である脊椎を深く損傷し、絶命した。


 ナイフをブーツに仕舞い、歩兵級に突き刺さったナイフも回収すると、彼らのプラズマライフルを二丁拾い上げ、動作を確認する。淡いランプが灯った。


 よし、使える。これなら……!


 実弾のライフルより銃身が短く片手でも安定して照準できる。普段使っていない光学火器だけど拳銃よりずっと頼もしい。そして幸運なことに敵は集結しつつあった。

 さっきの三人もそうだけど、対面の渡り廊下や上階から歩兵級が飛び降り、輸送艇に向かっている。数は二個分隊程度。朱宇くんの方に注意がいっていたから全員私に気づいていない。

 そこで私は、まず近くにいた三人の背をプラズマで焼いた。それから展示場のガラス窓を撃って飴のように溶かし、そこに飛び込む。

 直後、反撃のプラズマが豪雨のように降り注いできた。腹這いになった私の横でスパルタの兵士の模型が蒸発し、オゾンの混じった煙を上げた。すべての敵兵が一斉に私を捉えたような掃射だけど、模型ばかり撃っていて大多数はおおよそのところにばら撒いているだけだ。

 私は冷静に壁沿いに視線を転がした。

 正面から撃ちあっても勝機はない。奴らを撹乱する必要がある。


 あった……!


 壁に備えられた赤い筒を見つけると、それを撃ち抜いた。するとバンッという破裂音と一緒に粉塵が舞った。消火器をプラズマで焼いて爆発させたわ。

 スモークに満たされたみたいに白煙に包まれた通路を私は駆け、窓ガラス越しに中庭の敵兵を撃ち、もう片方のプラズマライフルで隣の区画の消火器も破裂させた。

 正直、消火器程度の粉末では実戦で使っているスモークグレネードほどの遮蔽能力は望めないけど、人形の模型があるこの場所では十分効果的だった。

 ぼやけた視界の中、歩兵級たちは窓際の模型ばかり撃っている。その手前を走る私にはほとんど流れ弾みたいなものがくるだけ。それに対し、網膜ディスプレイでスポットした情報を持つ私は、熱源を察知して確実に着弾させていた。

 ただ厄介なことに強靭な生命力をもつVICSは急所を破壊しなければ殺しきれない。いくら撃っても一時的に無力化することしか出来ないわ。

 けれどそれでいい。今は少しでも動けない敵兵を増やすのが重要よ。

 敵の弾幕が半分ほどまで減ったその時、


「――ッ!?」


 突然スワームが煙の中に現れた。煙を掻き分けて伸びてくる腕に、私は咄嗟にライフルを振り上げた。

 しかし流線形の銃身が奴に届くことはなかった。

 一拍早く相手の拳が私の腹に突き刺さり、中庭に向けて吹き飛ばされた。窓ガラスを突き破って、その勢いのまま芝生に打ち付けられる。受身を取って衝撃を和らげるも、立ち上がるころにはいくつもの銃口が私に向けられていた。

 淡い光が放たれる。

 回避は不可能。だったらこうするしかない――

 私は両手を掲げ、頭を守るように身体を丸めた。

 全身に何十というプラズマを受け、激痛に手足が痙攣した。そのまま痙攣しながら芝生の上に力なく倒れる。朦朧とする意識の中、自分の肉の焦げた臭いが鼻をつく。


「マリーさん……!」

「ごほっ……ひっ――ひゅっ」

「ガ――ッ!」


 シャノンちゃんの心配そうな声と朱宇くんの荒い呼吸が耳に届くと、私は咄嗟に跳ね起きた。

 普通なら即死しているはずの負傷。ナノマシーンで治癒能力を得ているNOX隊員でも危ういほどの負傷だけど、ほんのふた呼吸ほどで軽い火傷程度まで癒えていた。

 これは私の持つ特殊体質。致命傷でも数秒で復元するほどの超再生。治療用ナノマシーンに高い適合性のある私だからできる芸当だけどもちろんこれにも欠点は存在する。

 一個分隊と正面から撃ち合う。圧倒的に火力に勝る歩兵級だが一人また一人と私の射撃によって倒されていく。その分、私の身体にも無数のプラズマが這って肉を炭化させる。ナノマシーンによる再生とプラズマによる炭化がせめぎ合うのに合わせて視界がどんどん赤く染まる。そして色の判別ができなくなって、ついに物の大小くらしか分からなくなった。

 これが欠点。ダメージを受けすぎると敵味方の判別すらつかなくなる。

 プラズマライフルが過負荷になって射撃サイクルが停止する。私は使えなくなったそれを捨てて高周波ナイフを引き抜いて本能的に、それこそ獣の如く歩兵級と思われる大柄のシルエットに肉薄し、一呼吸でずたずたに引き裂いた。



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