第54話 はじめての実戦。少年はエイリアンに挑む
中庭が見える位置まで来ると、避難するクラスの皆が対面の渡り廊下に見えた。
「あ、あそこ! 皆が――」
「待ちなさい」
マリーさんが俺の肩をつかんで引き止めた瞬間、クラスメイトたちが淡い光に舐め取られ、数人が倒れた。プラズマライフルに撃たれたんだ。
エントランスホールの方に目を向けると、そこからふたりの歩兵級が出てきていた。そいつらはキチン質の肌に胸部から脚部にかけて黒いアーマーを纏ったステージ3の個体だ。丸腰の人間では決して勝てない化け物。そんな奴の前に金髪の少女が飛び出した。
「シャノン……!」
クラスメイトを庇うように前に出たシャノンだったが、あっさり捕まってしまう。歩兵級ステージ3は他の子供たちには目もくれず、シャノンを小脇に抱えたまま中庭に無骨な足を踏み入れた。
「マリーさん助けないと、シャノンが……ッ!」
「無理よ。敵の数が分からないし、この装備じゃ……それに輸送艇が降りてきてるわ」
渡り廊下の柱に身を潜めたマリーさんの、歯痒そうに細めた碧眼の先の芝生は見えない何かに押しつぶされたように潰れている。かなりの範囲だ。十メートル以上はある。これが敵の輸送艇か――だったら今しかねェ!
思わず駆け出した。
「朱宇くん、待ちなさい……!?」
マリーさんの制止を振り切り、ふたりの歩兵級ステージ3の元へ疾駆する。また昔みたいにシャノンが連れて行かれようとしているんだ。今度は助けなんて期待できねェ。ここには装甲服を纏った隊員はいない。いるのは生身で精一杯俺たちを守ろうとしてくれるマリーさんだけだ。
「なんでっ!? 朱宇来るな! 逃げろ!」
シャノンの叫び声とともにプラズマライフルの銃口がこちらに向く。それだけで俺の身体は萎縮する。怖い、逃げ出したい。死にたくない。そんな言葉が脳裏に走り、足元がぐらつく。
一年前ならここで撃たれて終わりだっただろう。だが今の俺にはマリーさんから教わった技術がある。
意識を集中すると、視覚情報が拡張される。網膜ディスプレイだ。
敵の個体情報、周辺のマップ、現在のネットワーク状況が視界内に直接表示されるがどれも必要ない。俺は熱探知器にだけ神経を集中させた。これは発射炎や熱源を探知して知らせてくれる生体デバイスの機能の一つ。ただその機能を拡張してくれる装甲服がなければ探知範囲は非常に狭い。だがこいつに頼るしかない。
脳の
果たして避けれるだろうか。確かに知覚を強化するこの生体デバイスは発射を検知できる。銃弾さえ遅く見せてくれるくらいだ。でも見えるのと避けるのは別問題だ。
「……ッ!?」
そこで、俺の考えは杞憂だとばかりに歩兵級が銃口を下げた。取るに足らない存在と認識したのか、無造作にこちらに歩み寄ってくる。
「朱宇……! お前まで捕まるぞ……!?」
好都合だ。だったらこのまま安全に近づける。ポケットからフラシュライトを手に潜ませ、力強く芝生を蹴っていく。
鋭い指先が俺に向けて伸びてくる。その瞬間、奴の瞳に向けて強烈なライトを照射した。歩兵級が低い唸りを上げ、眩しそうに眼を片手で覆った。その一瞬の隙に俺はプラズマライフルにぐっと手を伸ばした。
身体能力が常人の数倍の歩兵級ステージ3。生身の、それも子供の俺ではどうしようもない力量差。だがこのタイプのVICSは、身体の構造が人間と同じ。訓練通りすれば問題ないはずだ。
俺は包み込むように銃身とストックに手を添え、素早く捻じった。それだけで常人を遥かに超える握力で握られたライフルの向きが変わった。
「――ッ」
引き金を引き、歩兵級のアーマープレートをプラズマに焼かせた。痙攣した身体が俺の目の前で倒れた。これで一体目。その勢いのまま隣でシャノンを抱えた奴にもライフルを向けた。
「ブ――ッ!?」
腹に鈍器で殴られたような衝撃が走り、俺は紙切れのように飛ばされた。
ふっ……ごほっごほっ、と変な息が漏れる。痛みで動けない。視界も霞んでくる。
朱宇、とシャノンが叫んでいた。どやらライフルの銃身で殴られたようだった。
ううっ、とシャノンが泣いていた。その泣き声とは別の方向から足音が近づいてくる。
はっとシャノンが息を呑んでいた。誰かが立ち止まる気配を頭上に感じた。
そして最後に聞き覚えのある声が響く。
「NOXがもう一人いるじゃないか。思わぬ収獲だな」
そいつは、忘れもしない――母さんを殺した男だった。
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