第53話 不可視のエイリアン登場! 見えない恐怖が朱宇たちを襲う……!
今まで見たことのないVICSだった。爬虫類を人型にしたような感じの見た目だが所々硬質なキチン質。腹部はぶよぶよで、カエルっぽいが頭部はカメレオンに似ている。足と腕は機械化され、特に腕には三叉にわかれた鋭い爪がある。
「なんなんだこいつ……初めて見た」
「隠密性の高い個体だから、滅多にお目にかかれないわよ。当然テレビでも取り扱ったことないし、教えたところで一般人はパニックになるだけよ」
目に見えない化け物がいるとか言われてもそりゃパニックになるだけだ。目に見えない奴が拳銃で撃っても全然怯まないとか、丸腰の一般人どころか武装した兵士でも危ないだろ。
そんなことを俺が思っていると、マリーさんにばっと抱き寄せられた。
「朱宇くん……!」
ベスト越しに感じる柔らかな感触とほのかな温かさ。血と硝煙に混じって香る甘い匂いのコロン。そして――
トクトクトクッ――ビシャ……!
天井の方で小さな発砲音が聞こえると、近くで何かが弾ける音がした。強張ったマリーさんの腕が緩む。
「クレア、そんなところにいたのね……」
「うん。あんまり近づくとバレちゃうからね――っと」
少し大きめの靴音がカコンっと響く。ワンピースの袖から首を回すと、クレアが高いところから着地した時みたいに両足と片手を地面についていた。どうやら天井のメンテナンスハッチから飛び降りてきたようだ。
「それよりなんで報告しなかったの? VICSが紛れ込んでたのに」
「いやぁ~、それがトイレの窓から見かけた時は確証がなくてねぇ。情報局の人間だって光学カモフラージュ使うし、ほら輪郭的に装甲服にも似てるし。で、念のため後をつけてたら、なんかこそこそし始めたの。それでメンテナンスハッチに入って様子を見てたらビンゴってわけ」
消音器がついた小型のサブマシンガンの銃口をくいくいと振った。その先には二匹目の奇兵級が床の上で痙攣していた。どうやら一匹目を囮にゆっくりと近づいて来ていたようだ。
「良かったね。そいつにやられなくて」
「クレアの援護がなくてもこのくらいなんとかできたわ。それよりこそこそしてたって?」
「そこの象形文字いっぱいの石板を熱心にスキャンしてたよ。VICSも勤勉だねぇ」
「またこのパタンーン……」
マリーさんがため息をつくように呟いた。そのいつになく苦りきった表情に「またって、何が……?」と俺はつい興味本位でマリーさんに訊いてしまった。
「彼らは何かを探しているわ。博物館や資料館を中心に襲撃する傾向にあるから。もちろん人が集まる施設が標的にされることもあるけど」
「ショッピングモールとかですか?」
「そうね。拡散級をばら撒いてVICSを大量に生み出すには絶好のスポットよ」
マリーさんにあっさり頷かれ、俺の首筋に冷たいものが走った。
「じゃ、じゃあ博物館があるショッピングモールなんかは……」
「調べ物のついでに兵も増やせて一石二鳥だね」
「クレア……!」
咎めるようにマリーさんがクレアに言うどうでもいい。調べ物のついでに、という言葉が妙に頭の中に響いて離れないから。
「じゃあやっぱり、母さんはこんなモノのついでに殺されたのか……」
その俺の呟きが、避難を呼びかけるアナウンスに掻き消される。あの、母さんを失ったショッピングの時と同じように『第六展示場で暴動が――』とかそんな感じの内容。だがまるで頭に入ってこない。怒りと驚きと恐怖に染まった俺にはどこか遠くで流れている雑音くらいにしか――
「シャノンちゃんは!? 早く合流しないと!」
そのマリーさんの声にはっとした。そうだ――これが前と同じならじきにゾンビのような連中で溢れることになる。
「三階の第二ホール。こっち……!」
クレアが先導し、細い通路から棺や調度品が展示された広間に引き返す。だが角を折れたところで、クレアがその場から飛び退いた。
パンッ!
銃声。拳銃の弾のように軽い。それが何発も発射された。
「待って、警備員が撃ってきた」
クレアがそう言って曲がり角にぴったりと肩をつけた。
「はっ!? なんで、俺たちは人間だぞ……!」
「
角からちらっと展示場の様子を確認するとクレアが報告した。
その報告にふと思い出す。そういえば前に聞いたことがある。拡散級はVICSウイルスをばら撒く蜘蛛型の個体だが、ステージ3の個体にもなると単純に噛み付くだけではなく戦闘力の高い人間――たとえば銃を持った警備員に寄生して攻撃してくるという。今がまさにそれだ。
「朱宇くんを連れてじゃ突破は無理ね……クレア、行ける?」
「私だけならよゆー」
「じゃあクレアはこのまま行って、私たちは迂回して向かうから。三階で合流しましょう」
そう言うと、マリーさんが俺の手を引いた。背後でクレアの持つライフルの咳き込むような銃声が断続的に聞こえ出す。その銃声に急かされるように通路を進み、奇兵級とさっきのカップルの死体を横切り、エジプトをモチーフにした展示場を後にした。
(次回に続く)
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