第51話 ターゲットの追跡にはトラップや偽装を警戒して進む必要があるってよ……博物館でこんな物騒なことしたくなかったな……

「まだか? あいつ……」


 クレアをトイレに放り込んですでに数分が経っていた。

 清水先生に早く戻ると言った手前、さっさと済ませたいんだが一向に出てくる気配がない。居ても立っても居られなくて思わず通路を行ったりきたりしてしまう。

 さっさと中に入って呼んでくればいいんじゃね?

 考えの足りない奴ならそう言うだろう。だがそれは出来ない。女子トイレに男子が入るだけで変質者扱いされることもあるが、こと小学生に関してはさらに魔女狩りよろしく吊るし上げられて変態呼ばわりだ。


 そんなの耐えられねぇ……!


 俺――朱宇しゅうがくっと耐えるように歯噛みしていると、曲がり角から息を呑むような美女がふらりと出てきた。


「どうしたの、朱宇くん?」


 大人っぽいのにどこか子供らしい仕草で小さく首をかしげている。マリーさんだ。


「マリーさん、どうして……仕事で来られないんじゃなかったの……?」

「さっき終わったから急いで来たの。お昼には間に合わなかったけど……ほら、クレアが普段ちゃんとやってるか心配だったし」

「…………」

「えぇ、なに黙り込んじゃって……もしかしてクレアが何かやらかしちゃった?」

「まだ何かやったってわけじゃないんですが。トイレから出てこないだけなんで……よかったら呼んできてもらえますか?」

「えぇ。じゃあちょっと見てくるわね」


 快く引き受けてくれたマリーさん。これでなんとかなるだろう。女子トイレなんて入れねーよ……どうしたらいいんだ……、と途方に暮れていたけどよかった……ふーホントによかった。

 俺はこの思わぬ幸運にほっとひと息ついた。

 だがしばらくすると、浮かない顔のマリーさんが戻ってきた。


「誰も居なかったわよ」

「バカな……!?」


 ずっと通路で見張っていたんだ。見逃すはずがない。


「でも窓が開いてたから、そこから出たのかも?」

「ここ三階だぞ……!? そんなわけ……」

「私たちNOX隊員なら十分着地できる高さよ。まぁこんなところから降りるなんて、よほどのことがない限りはしないけどね」


 よほどのことって一体なんなんだ?

 クレアの場合たいしたことないと思うが、マリーさんは「ついてきて」と言って階段に向かった。

 マリーさんの背中を追って中庭まで来ると、ちょうどそこはトイレの窓がある真下の芝生。そこに膝を折って地面を凝視すると、マリーさんは何度か頷いた。


「芝生が沈んでる。ここに着地したんだわ。それで中庭を横切って左のフロアに入っていった。足跡の間隔が結構開いてるから急いでたみたい」

「なんでそんなの分かるんだ……というか、足跡なんて芝生にはありませんよ……?」

「注意深く見れば周りと違うわよ。偽装もされていないし、これならたとえ館内に入っても土埃や葉の成分をサーチすれば追跡できるわ」

「普通に怖ぇーよ……」


 この人がストーカーなら絶対逃げ切れないな――いや、こんな美人にならアリか……?

 俺が考えを改める頃には再び館内に入っていた。迷いのないマリーさんの後ろ姿を追っていく。シャノンが言っていたペルシャ戦争の展示ブースを右に二度左に一度折れ、当時使われていた戦略や戦術のCG映像や長槍と丸い盾を持った兵士の模型の前を歩んでいった。

 それからさらにしばらく進むと、展示のモチーフがペルシャ戦争から古代エジプトに変った。どうやらこの博物館は反時計回りに展示されている舞台の時代が巻き戻るようで、最終的にエントランスホール付近の恐竜ゾーンで落ち着く造りのようだ。


「ん? ここで痕跡が途切れてるわ……」


 通路の角まで来ると、マリーさんの足が止まった。


「もしかして私たちに気づいたのかしら?」

「まさか。後をつけてるけど、こっちは一度もクレアの姿を見てないんですよ?」

「朱宇くん。追跡する側は常に後手に回るしかないの。だから偽装や待ち伏せ、トラップに警戒しながら進むのが鉄則よ」

「あの、ここ博物館なんでそういう物騒な言動はお控え願いたいんですが……」


 学校の制服のような格好で美人が油断なく辺りを見据え、追跡がどうのとかトラップがどうのとか言っているんだ。映画が何かの影響で口走っている留学生感が強い。実際、すれ違った人からは「ふふっ」とか「なんかやってるわー」とか失笑混じりの好奇な視線を向けられ、地味に居た堪れない気持ちになった。


(次回に続く)


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