第50話 銀髪美女エイリアン、校外学習でこっそり授業参観へ
お昼を過ぎた快晴の空。そこに一隻のずんぐりとした船体が飛んでいた。
レイヴン級降下艇。NOX軍でもっとも使われている汎用艇だ。
そのキャビンの座席に私――マリーは白い軍服のジャケットを放り投げ、ブラウスも脱ぎ捨て、黒いスカートも脱いで座席にバサッと置いた。ここにもしクレアがいたら、色気の欠片もないストリップだね、とか言いそうな脱ぎっぷりだけど、この格好はスタートラインだった。
白い下着に黒のストッキング。それらに包まれている白い肌は雪のように儚げなのに女性らしい肉付きは暴力的。腕も足も腰も背中も引き締まっているのに出るところはしっかり出ているから、自分でも作り物のような体つきだと思う。
クレア辺りからは、おっぱいもお尻もでかいのにくびれほそーい……ラ〇ドールみたーい、などと不名誉極まりない評価を貰ったりしてるし……いや、ほんと不名誉だわ。
いやそんなことはどうでもいい。そろそろ目的へ着く頃よ。
首を回すと、コックピット側で巻貝型の汎用ドローンが待機していた。推進器でふわふわと浮かんでいるこのドローンは、三本指のアームで器用に二本のハンガーを持っている。一本目にはパーカーにショートパンツの普段着。二本目には白いワンピースに藍色のベスト、それにチェック柄のネクタイもセットになった学生風コーデ。
「こっちでいいかしら?」
学生風コーデの方を手に取って操縦席の方へ向いた。私が通信機で
「どうかしら? 変じゃない?」
「良く似合ってますよ。場所が場所ならお金がとれるくらいに、もうたまりません……!」
「あら、ありがとう♪ チップとしてアナタの口座から引いておくわね♪」
「軽い冗談じゃないですか中佐~、本気にしないでくださいよ~」
はいはい、と受け流しながら私は着替えていく。こういうやり取りはよくあることよ。菊池大尉もそうだけど、数少ない女性の部下に限ってセクハラめいた言動をしてくるのは。
私の部隊であるクレーメア大隊も他の隊と同じく大半が男性で構成されていて、ほとんどの隊員は紳士的な好青年ばかりだ。
大抵の場合、女性より男性の方がこの手の下品な話を喜んで盛り上がりそうなものなのに私の隊では正反対なのが妙に悲しい。まるで私の隊が下品な女の集まりみたいじゃない――
と、そこで装甲パネル越しにわずかに聞こえていた風を切るような音が消え、地上に向けて噴射するようなジェット音に変わった。目的地上空に着いたんだわ。
その頃には私の着替えも終わり、一人の女学生が誕生していた。
「どう? これで軍人には見えないでしょう?」
「軍服着てたって見えませんよ……」
「なにか言った?」
「いいえなにも! どこからどう見てもJKです放課後に街をぶらつく感じです……!」
「女子大生くらいのつもりだったんだけど? 休日のショッピングみたいな……」
「どこからどう見てもJDです休日のショッピングの……!」
「いや別に言いなおさなくてもいいんだけど……じゃあ行ってくるわね」
菊池大尉が全肯定botになったところで私は降下艇の後部ハッチを開け、地上に降りた。
左右を更地に挟まれた道路。アメリカのドラマか映画で出そうな何もない風景に荒野が続いている。ここは校外のバイパス。VICS戦の初期の、まだNOX軍があまり機能していなかった時に犠牲になった街の跡地だ。
けれどそんな場所でも道路に沿って視線を向けると、賑やかな街並みが広がっていた。
お昼ごはんには間に合わなかったけど、これからお忍びで授業参観よ。
私はゲート脇の大型駐車場に向かって軽く走った。軽くといっても短距離走の選手くらいのスピードは出ているけど、私にとってはジョギングみたいなものだった。
あっという間に駐車場を抜け、繁華街まで来るとさすがに通行人が増えてきて周りの視線が気になり始めた。
スカートが翻らないように走る。肩口で緩く結んだホワイトブロンドのお下げを後ろに靡かせ、倒れそうなほどの前傾姿勢で通行人を避けるように身体を捻った。それはまるで白い狼が獲物を狩に行く最中のようで――
不味い。人間の動きじゃないわ。
客観的に自分を見てドン引きした。どこが女子大生のつもりなのからし。
「休日のショッピング……ショッピング。ここまで来たんだから急ぐ必要ないわよね」
暗示をかけるように呟きつつ私はホワイトブロンドの髪を撫でつけて髪を整える。
ただ今さら歩き出したところで、
「うわっびっくりした……!? なんだあの子……」
と驚くラフな格好の青年や、
「あのお姉ちゃんすっごいはやーい。うちの犬とどっちが早いかな」
と無邪気な声を上げる子供に、
「さすがに犬の方がって言いたいけど、あの人息切れすらしてないなんて……」
と答える母親らしき女性。なんだか凄く注目されていた。
ヤダ、目立っちゃってるわ……。
居た堪れなくなって歩調を速める。さすがに今度はただの早歩きだけど、ここまで走ってきたおかげで博物館はすぐそこだった。
敷地内に入ると、視界の端に見覚えのある制服がちらついた。
赤と白を基調としたデザイン……御守学園初等部の制服よ。なぜかガラス張りの建物の三階をウロウロしているけど、その制服を着た少年には見覚えがあるわ。光の加減で赤茶けて見える髪に、理性的で見栄っ張りだけど実は小心者な子。
「あれ……? 朱宇くんだわ。あんな所できょろきょろして……何か探し物かしら?」
トラブルのようね。じゃないと朱宇くんがあんなに慌てることなんてないもの。
本当はこっそり覗いて見学ついでにクレアがちゃんと任務をこなしているかチェックするつもりだったけど……仕方ないわ。
朱宇くんが困っているとどうしても助けたくなるもの。それが朱宇くんの母親代わりになった日から続いている私の任務――いや、もう日課になっているから。
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