六章 完全封鎖のサイコロジーⅡ

第44話 着々と計画は進んでいた。古代人の遺産を解析するエイリアンの指揮官。それは次の戦いが始まる予兆だった

 目の前で無数の数列が組み上がっていく。

 複雑にアルゴリズム化し、解析されていく古代の遺産。投影ウインドウに映し出されたそれは、角錐の形をしたクリスタルモジュールだ。青白い数式が躍り、小さな解析ウインドウが開いては消え、また開き、ちらほらと象形文字さえその電子のパズルを彩っていた。

 何も知らない者がこれを見れば、ただの研究か数字や文字がチカチカして綺麗とでも思うだろう。


 だがわたし――スワームは違った。

 NOXからこの群集スワームというコードネームで呼ばれ、危険視されているVICSの指揮官コマンダー。大規模侵攻こそできていないものの、世界各国の博物館や資料館を襲撃し、どの国の軍隊も警察もそれこそNOXさえも出し抜き、一〇年以上暗躍してきた。

 そんなわたしはクリスタルモジュールに期待の眼差しを向けていた。


「やっとだ……やっと、ここまできた……」


 目を細め、反芻するように小さく息をつく。グレーのパサついた前髪をかき分けると、わたしは制御コンソールに手を置いた。

 まもなく完成する。VICSの支配階級から託された遺産がようやく解き明かされる。

 地球の古代文明に類似した言語や、歴史的な意味合いや古代生物のDNAをキーワードにした無数のパスコード。それを突破するために世界各国から情報データを集め、わたしは地道にクリスタルモジュールと古代文明の痕跡を照らし合わせてきた。

 その解析結果からこのモジュールの性質はわかっていた。

 こいつを正しく使えばもうNOXに隠れてテロリストのような戦いをしなくて済むのだ。


 わたしは周囲を見回し、屈辱に歯噛みした。

 窓のない五メートル四方のモニタールーム。壁に映し出されたウインドウが観察室の中央に安置したクリスタルモジュールを映しているから広く感じる。視界が開けて奥行きが倍になったみたいだ。制御コンソールに小さなデスク、それと椅子以外は何も置いていないことも部屋を広く感じさせる要因だろう。

 だがそんなものはまやかしだ。わたしはここに追い詰められていた。

 地球にVICSの指揮官として派遣された時に連れてきた部下たちは、NOXとの戦闘で大半が倒されていた。それから色々あって今では、当時雑兵だったステージ2の歩兵級がステージ4まで進化して側近になっているほど時が過ぎていた。

 わたしは嘆息し、最初期の侵攻を思い出す。


 VICSの母星にある台座型の遺産。この遺産を古代人ハイチャリティがもたらした物としてVICSたちは崇め、その遺産の謎を解明しようとしていた矢先、偶然時空門ゲートが開いた。それはVICSの母星と地球をつなげる装置であり、のちに6月のあなた達の狂気ユーフォリアと呼ばれる大侵災となるこの邂逅が、古代人の遺産の可能性を広げた。

 地球を侵略し、いつか訪れる災厄に備えるために人間たちを変異させ、同胞を増やす。

 その言葉を旗印にVICSは攻撃部隊を派遣した。これが最初の大規模侵攻だったが、結果はVICSの敗北だった。


 こうなった原因は二つある。一つ目は、小さな艦艇までしかゲートを通れないことだ。歩兵戦力と小型船だけでは、周回軌道上から制圧してくるNOXの戦艦の相手にはならないのだ。そして二つ目は、このゲートが一方通行であることだった。

 これでは満足に情報すら持ち帰れない。地球側からゲートを開けばこの問題は解決するが、その装置はNOXが厳重に管理している。一部の例外を除いて母星に帰還することは不可能だった。

 連絡が途絶えたことで慎重になったのか、VICSの派兵はどんどん減少し、今では隠密性の高い部隊しか送り込まれないようになっていた。

 そして現在、NOXに追い詰められたわたしは、某国の地下でこうして古代人の遺産クリスタルモジュールを解明する日々を送っていた。


 だがこんな状況もこのモジュールが起動すれば逆転する。

 モジュールの能力を解放し、その力でNOX軍の基地を制圧してゲート装置を手中に収め、母星に地球の座標を伝えてVICSの艦隊を呼ぶ。

 地球にまだNOXの軌道防衛兵器が配置されていない今が好機なのだ。VICSの艦隊が総攻撃をすればこんな惑星なんてすぐに侵略できる。


「ん……。やはりまだデータが足りないか……」


 解析ウインドウが止まった。目まぐるしく横切っていた方程式や象形文字が泡のように消え、クリスタルモジュールを覆うように『解析率98%』というウインドウが最後に開いた。

 もう間もなくだ。あと一か所……あと一か所襲撃すれば完成する。

 すでに残りのデータのありかは調べがついていた。あとはそこへ行き、古代の石板や調度品をスキャンし、必要とあれば展示品を持ち帰る。そうやって地道に集めてきたがそれも今日までだ。


「ふぅ……」


 物思いにふけるように一息つき、わたしはコンソール脇のデスクに置いてあったカップを取ってぬるいコーヒーを飲み干した。

 かこんとカップを置いたところで背後のドアが自動でスライドし、壁に埋まった。


「コマンダー、準備が整いました」


 くぐもった声に振り向くと、そこには副官の歩兵級が立っていた。

 全身をアーマーで包んだバトルスーツ。人間の骨格とは若干違う発達した肉体を包むそれは、巨大で二メートル以上はある。その大男の目元は反射バイザーがはめ込まれ、表情を窺うことはできない。さらには、どことなく深海生物を思わせるヘルメットのデザインのせいで暗い淵からやってきた冷徹な戦士のように見える。

 歩兵級・ステージ4。個体名、リスター。彼はVICSのエリート階級で、何人ものNOX隊員を倒してきた古参の兵だ。


「ちょうどよかった。こちらも今終わったところだ」

「進捗状況はいかがでしょうか?」

「もうほとんど終わっているよ。次の襲撃ですべてのデータが集まるくらいにはね」

「素晴らしい。これでようやくご先祖の……ハイチャリティの遺産が解放できるのですね」

「ああそうさ、こいつを使えばあのNOXと正面から戦えるようになる。敵の地上戦力を潰し、奴らの基地から母星に連絡ができれば我々の勝利だ」


 わたしの言葉にリスターは「ええ。約束された勝利を我らに」と言って喜びに身震いするように背筋を伸ばした。


「では……最後のピースを拾いに行こうじゃないか」

「御意」


 恭しく首を垂れるリスターの脇を抜け、わたしは格納庫に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る