第43話 このロリ、ショタの声も出せるのか……それはさておき、お弁当が楽しみだな

 その日の夜。俺は脱衣所の鏡に難しい顔を映していた。

 鏡に反射して見えるすりガラスの向こうには、黒を基調とした大浴場がぼんやりと映っている。檜の大きな浴槽に壁面はプロジェクターで外の景色を映す開放感抜群の造り。最初の頃はホテル並みの設備にはしゃいで貴族になった気分で、壁に投影したカリブ海の景色を眺めながらぶどうジュースが入ったワイングラスを揺らしたものだ。

 しかしそれも飽きてきて、シャノンの家に来て一年経った今では普通に使っていた。

 あらためて俺は鏡を見つめた。一四〇センチ半ばだった身長は一五〇センチを超え、あどけなさの残る顔も垢抜けて中学生くらいにも見える。ドライヤーで乾かした直後の髪は、天井の照明の加減で赤黒く、静かな色をのせた瞳と相まって理知的な少年といった印象。だが内面はある意味さらに脆くなっていた。

 悩ましげに寄った眉根を揉み、一つ息を吐く。そして思い出されるのは、やはり学校から帰ってきた直後にリビングであった出来事だった。


「朱宇くんがよければ、私が作るわよ? その日ちょうど近くで広報の仕事があるから一緒に食べられるし♪」


 明後日の校外学習のことを話すと、マリーさんがそんな提案をしてきた。


「いいんですか?」

「ええもちろん。これでも朱宇くんの身元引受人で親代わりだから。お弁当くらい任せなさい」


 正直嬉しかった。

 学校の連絡事項でお弁当が必要だと聞いた時、もし母さんが生きていれば――


 びやぁぁぁぁ煙が止まんないよぉぉぉ! 朱宇くん助けてっ!


 ――やっぱり自分で作っていただろうな、と思った。

 母さんは料理ができないから結局、今とあまり変らないのが妙におかしくて、それと同時にどうしても寂しい気持ちが胸いっぱいに広がってしまう。母さんとの思い出は突然やってきて、複雑な感情を残して去っていく。

 ともあれそれで放課後、シャノンが気を回して弁当を用意してくれることになっていたが、マリーさんがやってくれるのは願ってもないことだ。

 その旨を伝えると、マリーさんはさっそく腕輪型の個人端末スマホで当日に作るお弁当の献立を検索し始めた。


「えーと……男の子にウケるお弁当は……よぉし、これにしようっと♪ 朱宇くん期待してて、私頑張るから――」

「まりりん、見て見て」

「何? ソシャゲのガチャ石溶かした時みたいな顔して。言っておくけど、月パス以外課金させないわよ」


 マリーさんの視線の先には、ソファーに深く腰を沈めて端末片手に盛大にばんざーいと両手両足をだらしなく広げているクレアの姿があった。全てを出し切った表情をぐるりと向け、ちがうよー、と気だるげに口を開いた。


「これは、服従のポーズ。私もまりりんの手作りお弁当が食べたい」

「軟体動物にしか見えないわよ……?」

「おぉ? このポーズがそんな風に見えるとは、潜在意識的にまりりんは触手に責められたいのかな?」

「あー朱宇くん、嫌いな食べ物とかない? もしあるんだったら事前に言ってね」

「えっと、ちゃんと火が通っていれば何でも食べますよ」

「偉いわね。好き嫌いがないなんて」

「あれ? この流れって不味くない? ……私だけ作ってもらえない感じじゃん」


 クレアに背を向け、俺に向き直るとマリーさんがこれ見よがしに優しい口調でうんうんと頷いてくる。そんなホワイトブロンドの脇で、やる気のない半眼の瞳が反抗的に細められた。


「ちっ、こうなったらショタで攻めるか――ねぇまり姉……」


 その瞬間、クレアの可愛らしい声音が低くなり、まるで美少年のような声に変った。


「ボク、まり姉の手料理が食べたいなー。他の子はお母さんが作ってくれるらしいけど、まり姉が作ってくれたらそれだけで、ボクだけ父の再婚で出来た若いお母さん(二十代前半)で羨ましいだろ的なマウント取れるし。だからお願いまり姉」

「おいこら偽ショタ、私はアナタのお母さんじゃないんだけど?」

「ダメかー……やっぱり男性器がついてないからショタは無理があったねぇ」

「は……っ!?」


 思わず息を呑むマリーさんを尻目に、クレアが立ち上がってリビングから出ていこうとする。


「よし、じゃあダミーとしてちょっとパンツにティッシュ詰めてくる」

「いや――それやったらホントに作ってあげないわよ……!」

「じゃあどうしたら……もし断られたらショックでここから動けなくなるぅー……」


 再びソファーで軟体動物になったクレアに「分かったから作ってあげるから、しゃきっと座りなさい。みっともない」とマリーさんが折れたことでひと段落ついた。


 その後、厨房から戻ってきたシャノンにこのとこを伝えると、興奮した頭を冷やすために風呂に入って出てきて今に至る。

 結論から言うと、興奮は冷めなかった。

 にやけそうになる顔を必死に抑え、鏡の前で難しいを作ってクールな自分と睨めっこ。馬鹿らしいがこうでもしないと舞い上がってしまいそうでヤバいんだ。

 通りを歩いていた男がおっぱいでかいと言ったり、女子高生が羨むほどの美貌の持ち主。そんな人が親代わりで、手作り弁当まで作ってくれる。クレアが若いお母さんなどと言うから変に意識してしまうのが憎らしい。本当に余計なことを言ってくれたもんだ。

 それでなくてもマリーさんと過ごしたこの一年で、男として成長した俺の身も心もマリーさんの女性らしい体つきに反応してしまうんだ。

 昔と比べるとマリーさんが薄着でいるだけで辛い。動揺する。パーカーを着ているとはいえタンクトップにショートパンツでうろつかないでほしい。そして弁当を作ると言ったあの後、爆乳を守る最後の砦であるパーカーを脱ぎ捨てた格好でエプロンを装備。薄着が故に正面からは裸エプロンに見える決戦兵器が完成してしまった。

 あんなの、クラスに一人はいるようなエロガキが見たら「胸! 尻! おっぱい!」とか騒いてスケベな笑みを浮かべていたところだろう――というか、胸とおっぱいがかぶっているぞ。どんだけおっぱい好きなんだ……?

 話を戻そう。

 つねにクールで優雅たれが水巳家の家訓だ(今作った)。そういうわけで、脱衣所から出る頃にはいつも通りの態度を装っていないといけないんだ。まだ二日も先なのに今からこんなんじゃ不味い。だからケジメとして報告する。


「母さん、俺……母さんがいなくて寂しいけど、今は幸せだよ。マリーさんは優しいし、弁当まで作ってくれるし……だから心配しないで、母さん。俺、強く生きるよ」


 ここに遺影があったら合掌したい気分だった。

 母さんを失った悲しみとマリーさんの手作り弁当への期待を胸に、俺は神妙な顔で脱衣所を後にした。



(お願い)

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