第42話 パックマン(幼女)現る!
「朱宇ぅ~……」
隣から弱弱しいシャノンの声。俺が視線を向けると、手のひらにおさまる程度まで小さくなったクレープを持ったまま物憂げな顔が固まっていた。
「どうした?」
「クレープが……クレープがこんなに小さく」
「そりゃ食べたからな」
「違う! そういうことじゃなくて――いや食べたのは確かだが、私の口にはほとんど入っていないから、こうなった原因として言うなら食べていないわけでもあるんだ」
「な、なんだ? 哲学の話か?」
「とにかくこれを見てくれ」
面食らう俺に向かって、むうぅと歯痒そうに唸りながらシャノンが立ち上がった。
「あ……」
「もぐもぐ……」
そこには赤毛のハムスターがいた。ほっぺを膨らませてもぐもぐしている。若干猫背で、自分のクレープを守るようにしているクレアをシャノンはびしっと指差した。
「クレアがぱくっといったんだ……! 口が小さいくせに無理して頬張って……!」
「ごくんっ……あいあむぱっくま~ん」
「こいつ……! ほんと、こいつ――くっ、よくも私のを……!」
飲み込んで開口一番アイアムパックマンと言ってニッコリ笑うクレア。口の端についているクリームすら憎たらしい。普段冷静なシャノンが子供らしくむっとするくらいに。
「卑怯者め、騙したな……! 私のクレープをこんなに小さくして……」
「ちゃんと一口あげたでしょ。だから私もお返しに一口もらっただけ」
「だからって半分も持っていくヤツがあるか……!」
「まぁそんなに怒らないでよ。私の全部あげるからさ」
「え……いいのか? な、なんだ……ふふん♪ それなら許す」
クレアに差し出されたクレープをシャノンが受け取ったことで、ひとまずはケンカにならずに済んだ。ただ大事そうに持っていたわりにあっさり譲ったクレアのクレープは一口サイズで、それを貰ったとしても若干シャノンの方が食べる量が少ない気もするがわざわざ指摘して蒸し返すこともないだろう。
「そういえば、明後日の校外学習は弁当を持参しろって話だが、どうする?」
「ああ……そうだな」
俺が黙々とクレープを食べていると、シャノンがそんなことを言ってきた。
複合施設の体験型博物館で行われる校外学習。その日は朝からバスで隣街に行くため給食がない。だから各自で用意するように言われていたが、クラスの皆は親が用意するのだろう。
だが俺にはもう弁当を作ってくれる親はいない。そこのところを気にしてか、シャノンが気遣わしげにこちらを覗いてきた。
「よかったら、うちの者に用意させようか?」
「うちの者って、ウォルターさんやデイビスさんとかか?」
「ああ。他にも何人かいるし、軍の厨房を任せられていた者だっているから頼めば一人や二人分くらいこころよく作ってくれるぞ」
屈強な男たちの料理、と聞けば肉肉米肉肉肉そしてデザートにプロテインな感じだが、フェシュネール邸の警備にはアイラさんのようなしっかり者の女性もいる。そんな変なモノが出てくる心配はないだろう。
「じゃあ、お願いしようかな」
俺は頷くと、カフェラテのストローをずずっと鳴らした。
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