第41話 蜘蛛型エイリアンに遭遇した時の対処法をテレビで解説してるが……朱宇の周りが今日も平和だった
クレープ屋で購入後、店前の広場のベンチに俺たちは腰掛けた。
中央の一段高くなった場所にある記念碑のような時計塔を囲むように草木が植えられ、レンガ調の地面と合わさってちょっとした憩いのスペース。昼には会社勤めのサラリーマンやOLがここで昼食を取る休憩スポットになっているようで、よくよく周りを見渡してみるとクレープ屋みたいにテイクアウトできるタコスやらホットドッグやらの他に、料理屋も目立つ。
「あ、まりりんだ。今日もあんなふざけた任務なのに頑張ってるねぇ」
クレープをもぐもぐと食べていたクレアがカフェラテのストローをくわえる片手間に口を開いた。完全に他人事だが、その冷やかすような半眼をたどると街頭ビジョンが見て取れた。繁華街からオフィス街へと変る二股の大通りを分かつビルの壁面。そこに映し出されていたのは、ホワイトブロンドのお下げ髪を背中に流した優しそうな顔立ちの美女。
『――続きまして、ここからは広報官のマリー=ルイス・エーベルグさんにお越しいただきました』
『よろしくお願いします』
キャスターに紹介され、マリーさんがタブレット端末を持ったまま会釈した。知り合いがテレビに出ているだけでも緊張するものだが、俺は苦笑いを浮かべて「うわぁまたか……」と違う意味で緊張していた。
マリーさんはわりと頻繁にメディアに出ている。一応特殊作戦軍の部隊長をしているのに今日は広報官として呼ばれているらしく、テロップにもそう書いているが前に過激な映像を流したりしてるから、そのおかげで一時期良い意味でも悪い意味でも話題になっていた。
今日は普通のコメンテーターでいてくれよ、と願う俺をよそにマリーさんは手元のタブレットを操作し始めた。
『今回はVICS戦における危機管理を解説させていただきます。一番有名なのは、皆さんもご存知のいわゆるゾンビと揶揄されている歩兵級ですが、昆虫タイプの個体もいます。それが拡散級――私たちがキャリアーと呼称している蜘蛛に似た化け物です。今日はこのVICSに襲われた時どう生き残るかについて解説していきます』
のっけから何の広報……!?
広報官という肩書きなのにいきなり『化け物から襲われたらどうするか』という冗談めいた話をしだすマリーさん。普通広報といえば、ここでこんなイベントがありますよとか新人隊員募集とかだろうに、つくづく物騒な話だ。
『えー結論からいいますと……狙われたらお仕舞いです、諦めてください』
しかも結論から詰んでるし……!
これにはキャスターの壮年の男も『そりゃないでしょ。危機管理の危の字も出てないですよ……!?』と驚きの表情でツッコミを入れていた。彼でなくてもテレビの前の人は俺と同じように瞠目するところだろう。
だがマリーさんは冷静に首を横に振っていた。
『誤解しないでください。これはあくまで何の知識も対策も取っていない場合の結果です』
『だったら初めからそう前置いて言ってくださいよ』
『前置く? そんな心の準備をVICSが与えてくれると思いますか?』
『いえ、そういうことじゃなくてですね。こっちも番組を進行する立場で――』
『インパクトはあったでしょう。このくらい言わないと伝わりませんよ』
苦い表情のキャスターを嗜めるマリーさん。ふと思うが、こんなアドリブみたいなのを繰り返してよくテレビに呼ばれるな。
クレープを食べるのも忘れ、俺が街頭ビジョンを眺めていると、クレアがシャノンの方を見て、ねぇねぇと華奢な肩をシャノンの肩に押し当てていた。
「シャノンちゃんは何にしたの?」
「ん。朱宇が言っていた組み合わせだ」
「へー、いいね。私は黒蜜きな粉あずきクリームのクレープと抹茶ラテなんだけど、もうこのクレープすごいよ、和風な甘味のおーるすたーだから」
「うぅ……」
「よかったら一口食べる?」
「いいのか?」
「うん。でもそっちのもお返しに一口ちょうだいね」
「おお……それは友達同士でシェアするというやつか……初めてだ、こんなの」
マリーさんのインパクトのあるアドリブでも、クレープで盛り上がる二人には伝わらなかった。そのやり取りを黙って見ていた俺も『初めてって……そりゃそうだよな。シャノン……女子の友達いないから。でもよかった……もうクレアがいるもんな』とそっと男泣きしていた。
その間、画面ではマリーさんがスタジオの中央まで歩み、自分と拡散級のホログラムを比較していた。マリーさんの膝下くらいの大きさの、猫科の頭蓋と四つの黄色い瞳孔を持つ大蜘蛛。そいつを示すように手がさっと振るわれる。
『このVICS、拡散級は初期の侵攻で多く確認され、VICSウイルスを私たちに蔓延させる役割を持っています。それでは、その様子をこちらのシミュレーション映像でご覧ください』
画面が切り替わり、通りに人間のCGが映って避難するように一方向に走り出す。だが、数秒遅れてやってきた蜘蛛にあっという間に飛びつかれ、ドクロマークがその人間の頭上に表示された。
『このように拡散級は素早く動き、目標に向かって時速五十キロメートル程度で迫ってきます。ですので、屋外で狙われたら逃げ切るのはほぼ不可能です』
『ということは、屋内に避難してくださいってことですか?』
『はい、そうですが……拡散級は口から出る体液で物を溶かす能力があります。プラスチックやガラスはもちろんのこと、金属も同様に溶かします。一般的な住宅の玄関なら金属製でも数十秒で穴をあけられて侵入されるでしょう』
『ではどうしたら……』
『シェルターか分厚い隔壁なら拡散級の侵攻を食い止められます。ですがそこへ避難する際に襲われた場合は、応戦してください』
『えっと、以前に歩兵級の対処法を教えてもらった時は応戦しないで逃げろって言っていたと思うんですが、拡散級は逆に戦えということですか?』
『ええそうです。拡散級は中型犬くらいの質量ですから鈍器で叩けば意外とどうにかなります。この個体は基本的に飛びついて攻撃してきますから叩き落してしまえばいいんです。口から体液を飛ばしてくる場合もありますが、その時は運が悪かったと諦めるしかないですね』
また元も子もないことを言っているマリーさんに、キャスターは難しい顔を作って首を捻っていた。
『いやぁ~、難しいと思いますけどねぇ。だって五十キロで突っ込んでくるわけでしょう? そんなの、私だったら叩き落すなんて……その前に普段から鈍器なんて携帯してないですよ』
『来る方向が分かっていてこの大きさですよ? 叩き落すなんて簡単でしょう? それに鈍器じゃなくてもバッグでもなんでも振り回せばいいんです。それすらできないんじゃ、あとは祈るしかありません。自分以外の誰かが襲われることを、ね』
もうこれ以上の問答は受け付けないとばかりに腕を組むマリーさん。結局最初に言った通り狙われたらお仕舞いじゃないですか……と肩を落とし、キャスターは気難しそうに口を引き結んだ。
この化け物に出会ったらもう終わりですよと言われたみたいな状況に、道行く男性は口を開いた。
「すげぇあの子、おっぱいでけぇー……何カップだあれ?」
そして広場の隅でたむろしている女子高生も話し合う。
「綺麗な髪……肌も色白だし、美人すぎない?」
「そうだね。海外のモデルみたい……どんなケアしてるのかな? 羨ましい……」
どうやら今日も日本は平和らしい。
自分や親しい者の身に何か起こるまで無関心。どんなに危険を教えようとしてもマリーさんの美貌ばかり見て、全然危機感が伝わっていなかった。
(次回に続く)
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