第25話 降下艇が飛ぶ街。SF映画で見た光景だ!

「ちゃんと前を見てないと危ないぞ! ここからは下りだからな!」

「――っ。ああ悪い……!」


 シャノンの声にはっとしたところで、緩やかな下りに入る。靴がアスファルトに叩きつけられるごとに膝や腰にごっごっという衝撃が響いてくるが、のぼりに比べればずっと楽だ。足を浮かせているだけで何の苦もなく進める。そんな余裕もあって俺は軽い調子で口を開いた。


「そういえば……っ、マリーさんたちが通勤してる姿は、見ないな……っ」

「いつも私たちの方が先に出てるからな」

「いや、そうだろうけど……やっぱり車でここ通ってるのかなって」

「マリーさんは中佐様だぞ? 毎日マリーさんの部下が降下艇で迎えに来るんだ」

「すげえっ、空からかよ。羨ましいな……っ」


 中佐様とは社長のように送迎がつく職業らしい。しかも降下艇といえば単独で宇宙にだって出られる宇宙船だ。そんなものを顎で使えるなんて……最高か?

 俺は中佐様を社長の上位互換と決めつけ、ふっと調子のいい笑顔を作った。


「よぉし、決めたぞっ! 俺もいつか、中佐様になって、毎日パイロット付きの降下艇で運んでもらう……っ! そしたら、こんなランニングとはおさらばだ……っ!」

「無理だぞ」

「なんだと……!? 俺の夢を秒で否定するなよ……っ!」

「いや否定するもなにも、マリーさんの役職に緊急性が高いから利用してるだけで、本来は車で通勤するんだが……」

「じゃあ運転手は……?」

「いるわけないだろ。中佐様だって自分で運転する」

「なんだよ、送迎はなしか……っ」

「送迎なら自動運転の車にしてもらえばいいだろ」

「この時代に……はあぁはあぁ……運転手がついてるVIP感が、いいんだよっ。分からないかな、シャノンには……んっ、はあぁはあぁ……」


 さすがに息が上がってきた。

 だが、VIP感とかそんな漠然とした想像で目指すほどいい加減な仕事じゃないぞ、とシャノンのお小言が聞こえてくる頃には山の麓が見えてきた。

 間も無く街をぐるっと回るように伸びる車道に出た。

 山側のセキュリティーゲートは、片側二車線の横断歩道を渡って右のコンクリ壁に沿って五〇メートルほど進んだところにあった。

 金属製の両開き。高さは五メートルほどで、俺の腕一本分くらい内側にめり込んだアルコーブのような造り。その窪みに造られた天井のようになったところには、各種センサーが内蔵されていて監視カメラの映像と一緒に来訪者をチェックするようになっている。


 ゲート前の、黄色いホログラムに囲われた地面にシャノンと二人で立った。するとゲートの枠組みからレーザースキャンの光が照射され、身体を舐めるように赤い線が上下に往復する。


『ID照合中……問題ありません。ようこそ、御守特別区へ』


 スピーカーから落ち着いた女性の声が聞こえると、ゲートが重々しく開いた。

 ぱっと視界が広がると、居住区画と繁華街を分ける大きな通りが足元からオフィス街まで続いていた。

 俺たちは左の路地に入って、コンクリの壁際をしばらく駆ける。この辺りは滑らかな外壁の建物が並び、マンションも見て取れるが、良く整備された閑静な住宅地だ。周囲をぱっと見ると、小学生くらいの子供がちらほらと登校し始めていた。

 もうここまで来ると走る必要はない。今よりずっと小さい頃から通学していた通学路だから。


「…………」


 小道を右に折れて住宅地の奥に入ると、そこは見慣れた通り。明るい茶色に塗装されたブロック塀に、その反対側はフェンスの向こうに植えられた木々。少し進んだ所には公園の入り口が曲がり角にひっそりと覗いている。

 その入り口の、レンガ調の壁がフェンスに変るほど近くまで来ると左手に見えていた木々が途絶え、七階建てのマンションが現れた。

 一ヶ月前まで俺と母さんが住んでいたマンションだ。

 電線やケーブルが地面に埋めているからこの街の景色は近未来的だが、そのおかげでより強調されて目に映った。

 変な感覚だ。この前まで自分が住んでいた所なのに、見慣れた光景のはずなのに、少し違った感じに見える。NOXの基地が近くにあるこの安全な場所で、自分が守られていたと知った後では――


 その時、航空機のジェット音が響いた。


 見上げると、ずんぐりとした黒い機体が飛んでいた。


「もしかしてマリーさんたちを迎えに行ってるのか?」

「方向的にそうだと思うぞ。レイヴン級だったし」

「え? れいぶんきゅう……?」


 言葉を詰まらせ、俺は立ち止まって振り向く。隣に長い金髪が並んでくる。


「降下艇のことだ。ニュースとかで見たことくらいあるだろ」

「へぇ、あれが……」

「だが、今日は早いな。何かあるんだろうか……」


 公園脇で、シャノンと一緒に空を飛ぶレイヴン級降下艇を見上げた。

 何かあるんだろうか……、というシャノンの呟きが俺の耳に不穏な予感となってわだかまった。


 その不穏な予感は朝のホームルームになるとあっさり現れた。


(次回に続く)

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