第12話 歩兵級エイリアンのプラズマ攻撃で窮地に陥る!?

「早くこちらにっ! 頭を下げて!」

「朱宇、急げっ!」


 思わず腰を抜かしていた俺だったが、アイラさんとシャノンに手を引かれるまま足を動かした。すっと影が落ちる。どうやら車の陰に誘導されたらしいが……ここからだと何も見えない。

 俺は気になって、トクトクという銃声を追って車の下を覗きこんだ。

 頼もしいボディーガードは地に伏していた。煙が上がる中、大柄の白人が倒れている。その近くに隠れたデイビスさんが辛うじて応戦しているようだったが、まもなく横から飛んできたプラズマが直撃し、ウォルターさんと同じ運命をたどった。


 一体何が起きているのか分からない。今までが非常識なことだったなら……これはなんなんだ? なんで二人とも倒れてる?


 救いを求めて視線を泳がすと、いつになく悲しそうな母さんの横顔が目に入る。悲哀に満ちたその表情は恐怖でも不安でも、まして怒りでもないように思える。だが一瞬思っただけで、余裕のない俺は震えながら華奢な腕にしがみついていた。


「大丈夫、だよ。てっ……こんなにぎゅってしてくれたのっていつ以来かな? 小学校の入学式くらいかな?」


 ……俺はそんなこと覚えてないけど……ありがとう。

 気分が少しだけ和らぎ、俺は呼吸を整えながら周囲を見回す。シャノンは、VICSの待ち伏せだ、と言っていた。それにアイラさんが硬い表情で頷き、


「ステージ3です。おそらく歩兵級トライヘッドでしょう」


 なんて言っている。わけが分からない。なんで待ち伏せされてるんだ……!?

 だがそんな疑問を遮るように母さんがハンカチを俺の口に当ててくる。素直にハンカチを受け取って俺が這いつくばって煙を吸わないようにしていると、黒い煙を破るモノがあった。

 車体が高いから、下から覗くとよく見える。醜悪な顔を左右に振っていた。

 本物のエイリアンだ。さっきのゾンビまがいなやつらじゃない。

 恐ろしいことに今までの化け物と違い、そいつらには理性があった。俺が瞠目している間も、同じ見た目の奴らがぞろぞろと姿を現す。怪しく光る銃を構え、四つの瞳孔を備えた十数人ものVICSが、包囲するように扇状に広がった。

 虫みたいに硬化した皮膚の上にアーマーを纏っている人間に似た化け物。その中に、リーダーと思われる者がいた。藍色のアーマーにマガジンが詰まった黒のタクティカルベスト。一見して人間の兵士に見えるが、VISCに囲まれて平然としている奴が人間なはずがない。


「わたしは運がいい。こんなところにNOXの人間がいるとはね……」


 誰に言うでもない口調。低い声から男だと分かる。だが――


 NOXって言った? 誰が? そんなのテレビくらいしか聞いたことないぞ……?


 あまりの言い草に困惑していると、上部の膨らんだ特殊な形状の拳銃を突きつけられた。


「そこに隠れているのは分かっている。我々と一緒に来てもらおうか。大人しく投降するのなら危害は加えない」

「大丈夫だよ……もうすぐ助けが来るから」


 母さんが安心させるように囁いてくるが、それどころじゃない。


 何でそんなことが分かるのか? 何でまったく怯えてないのか? 


 今まで一緒に暮らしてきた俺にさえ、今の母さんの言動は分からなかった。

 だが、危うい覚悟が伝わってくる。

 朱宇くん。そこでじっとしてて、と母さんが言った。車の陰に押しやられた。

 あの人は嘘つきだから信じちゃダメだよ、と母さんが言った。頭を撫でられた。

 そして母さんは彼らの元へ行ってしまう。


「……あ」


 俺は見慣れた小さな背中に手を伸ばした。でも届かない。

 目の前なのに、すぐ近くなのに、虚空をつかむ俺の手には、この距離は遠すぎた。


「――って……」


 待って、と言いたかった。でも、顎が震えてまともに喋れない。アイラさんに助けを求めようと視線を巡らすが、なだめるようにシャノンを抱きしめたまま沈痛な面持ちで首を横に振っている。もう手遅れだと言うように、だからそのまま隠れていろと言うように。


 そんなの、そんなの出来るわけねぇだろ……!


 だがどう思ったところで現状は見る見る悪くなった。俺が蹲っている間も、母さんはどんどん歩み、プラズマに焼かれたデイビスさんの前でぴたりと足を止めた。


「その様子だと、私って何かのついでだよね? もしそうならそっちを優先し――」

「君には関係のないことだ。それよりあまり手間をかけさせないでもらえるか? 急いでいるんだ」


 男が苛立たしげに言いながら近づいていく。アーマーに包まれた足がコンクリートを踏みしめる。


「了解した……時間がないか。なら、嫌でも行けるようにしてあげよう」


 誰かへ返答するように呟くと、男は拳銃を持った手をゆっくりと上げる。

 その意味を理解した瞬間、俺の全身に冷たいものが走った。

 しっかりと母さんを捉えている銃口。撃つために、俺から親を奪うために向いている。


 嘘だ、ハッタリだ……! 危害は加えないって言ったじゃ――


 プシュッ、と鋭い音が響いた。


 (次回に続く)

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