第13話 薄れゆく意識の中、朱宇が見たものとは……!?

 ――え…………?


 銃声というより弓で射抜いたような音。それから、どさりと倒れこむ母さん。苦しそうに喘ぐような息遣い。それから一拍置いて――

 身体が浮き立つような、胸が締め付けられるような不安が込み上がってきた。

 母さんが背中を丸めていた。俺はそれを目に焼き付けた。

 痛みを堪えるように小刻みに震え、ごほっ、と大きく咳き込む母さん。黒煙が立ち込めていてもはっきりと見える。

 悪夢だった。いやこれが、夢だったならどんなに良かったか。


「…………っ」


 惚けた表情で凍り付いていた俺だったが「この女を運んでくれ。そっちの男もだ」とガラクタを扱うような物言いが聞こえると堪らず車の陰から這い出た。

 怒りを声にのせて「待て!」と叫んだ。その際に大きく息を吸ったせいで、煙が肺に入ってゴホゴホと激しく咳き込む。喉が焼けるように痛い、息が詰まりそうで苦しい。だがそれでも叫ばずにはいられなかった。


「どうして母さんなんだ!? 人なら他にもたくさんいるだろ!」


 フルフェイスヘルメットがこちらを向く。どんよりと曇ったバイザーは恐ろしく冷たい。


「……この女の子供か? いやだが、君からは何も……まあいい」


 銃口が上がる。また、プシュッといった。


「え……? ……ぅ……あぁ、ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……!?」


 最初は何も感じなかった。だがすぐに熱いものが腹部に走り、俺は膝を突いた。

 その時だった。


「朱宇ッ!」

「不用意に出ては――く……ッ!」


 シャノンを追って車の影から飛び出したアイラさんがプラズマに焼かれ、地面に沈んだ。


「アイラ……! くそっ、お前たち朱宇だけでなくアイラまで!」

「そこを動くな。できればそちらの少女は撃ちたくない」


 いまさらそんなこと言い出し、俺とシャノンの元に歩いてくる藍色のアーマー。腕についた端末を叩くと、興味深げに頷いた。


「やはり珍しいな、こんな子供が生体デバイスを持っているとは。さっきの護衛は君を守っていたんだろ?」


 なんだよそれ……、とわけも分からずに呻く俺をよそに、シャノンは俺を庇うように前に出る。


「だったらなんだ? お前は――」

「最高のタイミングじゃないか。君なら人質として十分だろう」


 シャノンのジャケットを無骨なアーマーに包まれた手がつかんだ。いやいやするように細い腕を激しく動かし、振りほどこうとしているシャノンだったが、そんな抵抗などなかったかのように小脇に抱えられた。

 シャノンが連れて行かれる。俺は男の足にしがみつこうとしたが、撃たれた痛みで身体が上手く動いてくれない。

 まただ。また届かない。母さんの時と一緒だ。

 コンクリートに沈み、這うようにして追うも、その距離はどんどん広がっていく。

 今連れて行かれたら、二度と会えなくなってしまう。それが堪らなく恐ろしくて、絶対許容できなくて。だから痛みを耐えるように歯を食いしばって、精一杯這った。

 そんな俺にもVICSが近づいてくる。

 

「……来るな。俺は……くそっ……うぅ…………」


 スリッドから覗く唇の無い口から響く低い声。アーマーの擦れる音。

 VICSが両脇に近づいてくる。そして俺はあっさり囲まれた。

 分かっていた。こうなるって。何も出来ないって。

 もう見えなくなる。ぐっと身体を捻って「朱宇! 抵抗するな、そのままじっとしてるんだ! いいな、動くなよ!」と最後までこちらの身を案じながら、シャノンが煙の中へ入ってしまう。

 だがシャノンと男の姿が黒煙に消えた瞬間、一発の銃声が響いた。


――シャノン……!?


 その一瞬で俺の全身から血の気が引いた。

 シャノンが撃たれたのかと思って……だが違う。さっきの銃声は始まりにすぎなかった。

 あちこちから銃声が響きだす。

 バチバチと跳ね回るスパーク。耳にわだかまる反響。そこにくぐもった銃声が加わり、恐怖の合唱コーラスを生みだす。その不協和音に混じって人間のものではない断末魔が煙の向こうや車の陰からいくつも聞こえた。

 近くで銃弾が地面を抉り、ヒュンヒュンとコンクリート片を飛散らせているが、俺は呆然と口を開いた。


「ほんとに来てくれたんだ……」


 目の前の人影が増えていた。

 屋上の外縁、あるいは車の合間に見える黒いアーマー。連携が取れた素早い動き。銃弾を正確に相手の胸に何発も撃ち込む技量。あのVICSが手も足も出ない。

 彼らの頭上から、隊長カラーっぽい淡いグレーのアーマーが飛び降りてきた。すると、何もなかったはずの上空が揺らめき、ずんぐりとした機体が姿を現した。


 映画みたいだ……どうやって消えてたんだろう? いつから飛んでたんだろう?


 突然出てきた飛行機のようなモノを見上げつつ、俺はそう思う。自分の見ているすべてが現実でないような感じ。だがそれを切り裂くように、


「撤収する、ディスターバーを解放するんだ! 動けるものはモール内へ急げ!」


 敵のリーダーらしき男が煙の壁を裂いて、俺の真横を駆け抜けた。

 直後、車の下から白煙が激しく噴出してきた。瞬く間に広がる白いものに黒煙が混ざり合う。

 思わず鼻と口を手で覆って俺は息を止めた。


「対象を【スワーム】と断定。第一小隊はこのまま前進。クレーメア2のチームは監視と並行してディスターバーを排除して。残りのチームは正面入り口をマーク」


 そして最後に、クレーメアチーム行動開始、と静かな声が聞こえてきた。

 この声には聞き覚えがある。

 優しくてはっきりした感じの。でも記憶にある声音より数段鋭い。

 あのテレビで聞いた……マリーさんの――

 滲む。視界がうっすらと黒くなっていく。

 頭がぼーっとしてくる。心臓が激しく脈打っていた。

 息が続かなくなった。俺は思わず得体の知れない煙を吸ってしまう。

 不思議なことに咳き込みはしなかった。ただ、すべてを遠くへ持っていかれるような感覚だけが身体を巡った。これはまるで麻酔が完全に効いてきたような――

 限界だった。

 不安も意識も、飛んでいく。暗いどこかへ、飛んでいく。


「ぁ…………………………………………………………………………………………」


 言葉にならない言葉を残すと、俺は世界から遮断された。



(お願い)

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